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真のファンとは@昭和4年の『歌劇』 [昔の『歌劇』など]

ある日の客席。隣の人の態度が悪い。開演中なのにお菓子食べるし。ビニール袋かさかさ言わせすぎだし。タイトスカートなのに足広げすぎだし。(それは観劇態度の問題じゃないけど)

なのに、生徒(観劇に来た他組の生徒)が幕間に次々挨拶して通るのよ。「わー、お久しぶりです〜」とか言って。

何それ! こんな観劇マナーのなってない人と知り合いなのか、君たちは!? っていうか、コイツ、生徒の知り合いなのに、そんな態度悪いの!?

それと同じことが、すでに80年前にある。

「ファン抹殺論」と題する、昭和4年10月号「高声低声」への投稿。

宝塚には所謂ファンと自称している人が沢山居る。けれども僕はファンと称しているそれらの人々を憎まずには居られない。宝塚を純正に愛好していると云うよりは其の人達はただ徒に宝塚へ行く事の多きを誇っている状態ではないか。 彼等は歌劇を見ることが楽しみではないのだ。彼等の最も得意とする処は、座席の前部に陣取って自己宣伝をなし、内部の人と交渉あることを誇示し、そしてなおいけない事は彼等は如何にも彼等がファンの代表者である如き口を利いて歩くことだ。彼等は断じて宝塚を愛しているとは云えない。彼等こそ宝塚を毒しているものだ。(片岡有為男)
(注*当時は「ファン」という言葉がまだ珍しく、今でいうファンのことは「宝塚党」などと言ってたんですね。だから「ファン」は特別なファンを指しているんです)

生徒と知り合いである、いい席に座っている、たくさん観劇している。=利益を得ている。なのに、態度悪い。

自分は生徒と知り合いでもないし、いい席にも座っていない、たくさんも観劇できない。=利益を得ていない。なのに、態度は悪くないはず。

理不尽だーー。

今も昔も、思うことは同じなんだなあ、と。

特に当時は、前売り方法に対する不満が多くて。朝早くから並んでもいい席が取れず、窓口の係員が後から来た知り合いに前方席を売っちゃうとか、ちょっと信じられないようなことがあったようです。それに、当時は生徒ごとのファンクラブはなくって、地域ごとの集まりがあるんです。阪神宝塚会、名古屋宝塚会、etc. それらが力を持っていたみたい。なので、そういった特権階級的なものに対する嫉妬というか、そういう視線があるんでしょうね。

それに、美しい生徒さんは夢の世界の人。そんな人とお近づきになりたいというのは、誰しもが思うこと。近づいてしまったら、もう夢の世界の人ではないんだけど、でも近づきたいという衝動は誰しも持ってしまうもの。

だから、なおさら理不尽感が募る。

では、正しい宝塚党のあり方とはどういうものなのか。何が美徳なのか。

そこで、同じ年の1月号に掲載された小説「くずるる白薔薇」(水原鏡子)。

主人公は女学生。憧れの生徒がいるが、そのことを友達にも言わない。心に秘めている。

自分は宝塚を愛している、一心に、誰れにも負けず愛している、けれども自分の宝塚への愛は、常に静かに、常に純でなければならない。静かに、じーっと愛しているのだ。お友達の誰れ彼れのように、手蔓を求めて生徒に交際したり、贈り物をしたり生徒と連れ立ってこれ見よがしに宝塚の廊下を歩いたりーそんな不純な、虚実に満ちた、陋劣な、自分の見栄の為に宝塚を愛するようなそんな利己主義的な愛し方を、自分は心の底から軽蔑しているのだ。

しかし、主人公は結核に倒れてしまう。憧れの生徒の舞台があるが、出かけることができない。最後に一目、あの方の舞台姿を拝見したい…。そしてこの思いを伝えたい…。なんとか医師に頼み込んで、千秋楽の観劇を許してもらう。そこで彼女は最初で最後のファンレターを書く。「千秋楽の日に赤いバラをつけて踊ってもらえませんか」。憧れの生徒は赤いバラを胸につけて踊ってくれた! しかし、主人公はその日、病状が悪化して、舞台を観ることなく死んでしまうのです。。。。

泣ける、泣けるわ〜。なんというセンチメンタリズム。

結核は今よりもずっと多い病気だけど、それにしても、このセンチメンタリズムこそが大正〜昭和初期の特長であり、今も続く宝塚の特長なんだな、と痛切に感じますね。

今だって、所詮ファンって、ただ見つめるだけじゃないですか。ただ想っているだけ。生徒はその想いを受け止めるだけ。だってジェンヌさんってそもそも架空の存在だし。今のシステムの中で、一番近いのは、お手紙渡しかなあ。ただ渡すだけ。ただ受け取るだけ。返事とか来ない。だけど、何か信頼関係に基づいて想いをやりとりしている。うーん、究極。

今も昔も、ファンの想いは変わらないんだよね。

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ニーズ無いとは思いますが、このシリーズ続きます。多分。

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ちょっといい話@昔の「高声低声」2 [昔の『歌劇』など]

またまたいい話発見。1976年頃の話です。

ベルばらで、オスカルが死んだあと、アンドレガラスの馬車に乗って迎えに来る場面がありますよね。あのガラスの馬車ってのが当時人気で人気で、「保存して展示してください!」という投書があるんです。

それを読んで「けっ・・・あんなチープで派手なもん、どこがいいんじゃ。」と思っていたのですが。(←いかにも現代人、それも関東人のセンス)

しばらくのちに同じ人からの投書が掲載。

かつて、ガラスの馬車を展示してくださいと投書した者です。その後、展示の願いはかないませんでしたが、「今、どこに保管してあるのですか?」と問い合わせたところ、すてきなお返事をいただきました。「オスカルとアンドレを乗せて、オリオン座かアンドロメダ座のあたりを走っていると思われます」ですって! 宝塚は舞台だけでなく、スタッフの方もみなさん素敵なのですね!(要約)

・・・ええ話やーーー(> <)。 なんて麗しいのかしら。名著『サンタクロースっているんでしょうか』に似たものを感じますなあ。 以来、ガラスの馬車の場面が嫌いではなくなってしまった。いかんいかん。

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ちょっといい話@昔の「高声低声」 [昔の『歌劇』など]

今では読む人がほとんどいないであろう『歌劇』の投書欄=「高声低声」(愛読している人がいたらゴメン)。いつからこんなにつまらなくなっちゃったんでしょうねー。少なくともベルばらの頃は、まだまだ熱い議論が繰り広げられていますよ。時には、「ちょっといい話」も載っているので、本家には繰り込むほどじゃないけど、時々ここで紹介させてくれい。

たとえばこの話、どうよ。1975年の投書です。

いつもはわがままなど言わない幼い娘が、どうしてもじゅんこさん(汀夏子)のオスカルを観たいというものですから、がんばって当日券の列に並びましたが、やはり長蛇の列で、私たちの少し前で券が売り切れてしまいました。地方なのでもう来られないし、娘は大泣き。すると、若いお嬢さん二人が、券を譲ってくれたのです。何度もお断りしたのですが、「私たち、もう何度か観ましたから。じゅんこさんのオスカル、ぜひ観ていただきたいわ」と。宝塚は舞台だけではなくファンの方の心も美しいのですね。ありがとうございました!(要約)

ええ話や・・・(T T)。

シェアし合うこの心が、ヅカファンなのよね~。「観ていただきたいわ」という口調がまたなんとも。このときのお子さんは、私と同い年ぐらいなんだろうなあ、今もヅカファンなのかなあ。

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