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我が愛は山の彼方に/Dance Romanesque(神奈川県民ホール 11/26 18:00) [観劇メモ]

この価値観についていけてる人は、劇場に何%ぐらいいるのかな〜。1%もいないのでは。

敵国に連れ去られた女は傷物、たとえ無傷で帰国できても幸せを望んではいけない。←A
本当は帰国して幸せになりたいよう。←B

真の武人たるもの、敵国の女を拉致して妻にするなど、野蛮。ましてや婚約者のいる女性に手を出してはならん。←A
本当は手を出したいよう。←B

婚約者が心変わりしても、責めたりしてはいけない。彼女のせいではない。彼女が幸せになれるよう、助力せねば。←A
本当はくやしいよう。←B

Bは「個人的な欲」なわけですが、Aを何と言うのだろう。現代の言葉では、もう表現する言葉がないのではないか。「美学」だと、他人に悪く言われようが自分が貫く信念、という感じだけど、Aはその逆で、他人が自分に望むから自分もすすんでそうなろうと務めるもの、だよね。うーん、もう現代では「やせ我慢」とかそんな言葉しかないような気がする。

歌舞伎とかではそういうのがあるような気がするんだけど…。善悪は逆だけど、姦通の汚名を着せられたから本当に姦通するっていう話なかったっけ。

頭では理解できるんだけども。ああ、ここで涙涙、なんだろうなあ、とか、文楽研究家のRちゃんなら「全然アリ」って言うだろうなあ、とか考えるばかりで、感情がついていきませんでした。

特に、「敵国に連れ去られた女は傷物、たとえ無傷で帰国できても幸せを望んではいけない。」は現代の感覚では、女性差別以外の何者でもないものね。

ましてや、植爺芝居。台詞が書き言葉だし、場面転換は単調だし、で眠気が…。でもなんか懐かしいのは、こないだ観た『ジンギスカン』を思い出すからか(笑)。役も少ないしね。ノルブンのを映像で見たことあるけど、さすがにもうちょっと役があったような気がするぞ?

メインのお三人も、この世界観にはあまり似合わず。まりもは、チョゴリを脱ぎ捨てて軍服になって運命を切り拓いてくれよ、と思ってしまった。(星奈優里は、いかにも運命に翻弄される女が似合うけれどもねえ)

越リュウがヒゲでかっこよかったな。すーさんは、いろんなタイプの役をやってる気がする。ある意味、すごい役者だ。もりえが若手みたいな役でかわいかった。最後のお願い台詞にちょっと心うたれた。綾月せりがえらい人の役で、落ち着いてたなー。そろそろオジサンになっていただきたい。一原けいさんを見たのは何年ぶりだろう……

で、ショーは、芝居の鬱憤をはらしたのか、なんか楽しかった。大劇場サイズよりも、これぐらいのサイズのほうが合うのかもしれない、中村A作品は。カジモドの場面のステンドグラスは小さいサイズになったけど、やっぱりきれいだった。美術さんGJ。

次で退団か、と思うと、ひたすらまりものダンスを堪能。ダンサートップ娘役が好きなんです、私。男役ひきつれておらおら踊るところとか、大好き。それに、カジモドとエスメラルダは、私が一番好きな「きりまり」かもしれないなあ。

綾月せりと一緒に狂言まわし的な役をやってたのは白雪さち花かな? そのかバウのおばあさん役が上手かったよね、こういうポジションに入ってきたのね、いいことだ。みっしょん、かっこいいなー(いつも言ってるけど)。月色男子とかいう場面の男役がほとんどわからなかった。としちゃんがいろいろ使われてた。ダンスもできて歌声もきれいね。もっと「俺を見ろ!」アピールしてもいいのに。夏月都はいい感じにおばちゃんになってきたな(笑)。カジモドの場面でマギーの役を越リュウがやってたのは、適材適所。

逆に、なんでやねんという配役は、ドラキュラの場面で咲妃みゆのかわりに叶羽時がヒロインをやっていたこと。96期枠なんですかね〜? 咲妃みゆは裁判記録に全く登場しないが、叶羽時は暴言記録されまくりだぞ? いやいや、それを抜きにしても、咲妃みゆはまだ普通だったけど、叶羽時は異様だろう。花陽みらでええやん。ドラミちゃんだけど、馬よりは全然かわいいぞ? うーん、私の美醜の感覚がおかしいのかなあ? (おかしいのは私のほうなのかもね。夢華あみもヒロインをやったわけだし。)
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市場が冷え込んでいるときはとりあえず優良株を買え

友人が、経済の話をしだした。突如。

「じつは日本はお金がある。なのに使わない。だから停滞して、お金が行きわたらないのだ。」

へ~。経済のことはようわからん。停滞していることはわかるけど。

「だからもっと使おう! 経済を回そう!」

あ、そういう話ね。それは私はもうしてます。「そんなに宝塚いっぱい観て、無駄じゃないですか」とかよく言われるもん。「そんなに服買ってどうするんですか」とかよく言われるもん。

「じゃあどうしてみんなが使わないかというと、失望しているからなのだ!」

えっ…!? 急に気になる話。

「失望するようなことがあって、これからもっと困るかも、って思うから貯めこむのよ」

あー、バブル崩壊、オウム、9.11、そして3.11、そりゃ失望するわな。

「宝塚もきっと同じよ!」

そうよ、そうよ、そうだわよ。二番手切られるーの、他組からいきなりエリザベート特出ーの、オギー辞めるーの、スターさん小粒化で全然つまんねーの、専科さん辞めてるのになんで補充しないーの、裁判で非常識な実態が暴露されーの、メモカヒロインなんて暴挙ありーの、つまんねー演出家ばっかり大劇場デビューするーの、もう、こちとら失望ばっかりよ! チケット買い控えるに決まってるやん!

(まあ、「じつは日本にはお金がある」が正しいとしても、「じつは宝塚は豊かである」かどうかは、疑問だけど)

じゃあ、どうすればいいんでしょうかー。

「市場が冷え込んでいるときは、とりあえず優良株を買い続けることです」

ほほ~。

つまり、宝塚全体の元気がないのは仕方ないけど、とりあえず、いい演出家の作品は観る、応援したい生徒は観る、その会からチケットを買う、優良な生徒さんのことを「あの子いいね」って言い続けるってことね!? 

って、それしかできないってことは、はなからわかってるんだけど、経済とからめて言われると、なるほどーって気がしましたよ。

(でも本当は、富裕層が貯め込んでいるお金を、社会に還元することが必要なんだろう。昔のお金持ちは、少なくとも建前だけでも「社会のため」って言ってたじゃないですか。(例:小林一三。)でも今そんな実業家がいるであろうか。ぷんぷん。)
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天守物語(新国立劇場 11/18 19:00) [観劇メモ(ヅカ以外)]

乙女ちっくだわ〜。泉鏡花の恋愛至上主義はたまりませんね。愚かな人間界から隔絶された天守に住む姫君のところへ、素敵な王子様がやってくるのよ。しかもその姫君は、かつて乱暴されそうになって舌を噛んで死んだ女性の魂かもしれないという。強欲な男どもには染まらずに、永遠に乙女の世界で生きていく、その心意気がたまりません。

その姫君を女形が演じている、なんてファンタジー。

泉鏡花はこれまでたくさん演じられてきたと思うのですが、私が観たのはこれだけです→2007年 夜叉ケ池。と、ビデオと漫画

この夜叉ケ池では男役が男性を演じていたから、やっぱり異性装はファンタジーの世界を成立させるのにふさわしいなあ、と。

富姫役の篠井英介はさすがに立ち居振る舞いや着物の裾さばきが美しい。魔物って感じ。強欲な男たちから見たら、乙女なんて魔物かもね。でもいいの、乙女は乙女の世界で生きていくんだもの。富姫、ほんと、可愛かったです。

逆に、亀姫役は若くてギョロ目で、現実感がある魔物。奥村佳恵って、『黒い十人の女』でも魔性の女をやってたなあ。

王子様(違います、武士です)の平岡祐太は初めて見た。ハリのある声がよかったけど、ちょっと押せ押せの演技だったような。あと総髪がいまいちだった。(まあ、真飛さんを超える総髪はないと思うがね)

女官頭みたいな役に江波杏子。これまた化けもんですよ(笑)。

歌舞伎メイクで亀姫のお供をする愛嬌のある武士が、なんとサカケン。たしかに、役柄にはピッタリなんだけど、この手の芝居に出ているのを初めてみた気がする。似合ってました。

こないだ御園座ですごいと思った田根楽子が、舌の長いおばあさんの役。漫画に出て来た化け物がそのまま舞台にいるみたいだった。オフ姿が想像できん。

腰元に私の好きな村岡希美も。この人の声も、ちょっと化け物入ってるよね。

さて、この公演の目玉は、装置なのではないでしょうかね。一階の客席の半分近くを、真四角の天守の装置にあててます。大半の芝居はそこで行われて、周囲に通路があり、天守への階段ということらしい。じゃあ、奥にある本舞台は何に使うのかというと、通路みたいなのがじぐざぐにあって、それが上下するの。あるときはお城の屋根、あるときは、人間界、またあるときは魔界との通路、と使われていて、いやはや、スペクタクルーって感じがします。そういえば、三津五郎の『世阿弥』をここで観たときも、舞台が上下してたような気がする…この劇場特有の仕様なんでしょうか。メインの天守部分が観づらいであろうということで、二階席には高いクッションが用意されてました(背の低い私は足がつかなかった)。

音楽が幻想的ですごく素敵だったのと、衣装のお花の模様が印象的でした。聞いたところによると、着物ではなく、洋服地? キャンバスみたいな? 布に描いてあるそうで、ものすごーく重いのだとか。
振付けは現代的すぎてちょっと変だったなかな。

冒頭の、現代の男性の格好で篠井さんが倒れていて、櫛が落ちている、という場面。意味深だった。その場面や、途中でも出て来た現代の格好の初老の男性は、泉鏡花なのかな? 乙女心のイデアを、泉鏡花が拾い上げた、という意味なのかな??

古い戯曲の台詞そのままなので、ちょっと聞き慣れない単語もあったけど、予習復習してまた明日観ます。
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炎の人(銀河劇場 11/12 17:30) [観劇メモ(ヅカ以外)]

ゴッホの生涯を描いた、1951年の戯曲。

市村正親は、こういうイカれた人をやると最高だね。善人で純粋。清貧。困っている人を見捨てておけなくて、神とは何かを真剣に考える。だけど、ものすごーく迷惑。躁鬱というか、センチメンタルで激しやすくて、周りを巻き込んで疲れさせる。根が純粋だけに憎めないけど、ずっと一緒にいるのは誰もがいやがる。市村か、ゴッホか、というぐらい。同じ天才でも、キーンとはまた違って、貧乏くさくておどおどしてる感じがすごかった。

ゴッホが尊敬しつつ卑屈になってしまって上手くいかなった、最愛の人ゴーギャンは益岡徹。生で観るの初めてだ。大きい人なんだね。これももうイメージ通りのゴーギャンで。ロートレックもイメージ通りだし、ベルト・モリゾもなるほどという感じ(なんと、我らが渚あき! ちょっと神経質っぽくて良かった)。テオの今井朋彦も肖像写真から抜け出たようなイメージで。それにしてもこの人、ほんと滑舌いいよね〜、いつもほれぼれする。

ロートレックとか、ベルト・モリゾとか、シニャックとか、有名な画家がちょくちょく出てきたり、ゴッホの絵に登場するタンギーおじさんや郵便配達夫が出て来たり、絵の題材が登場したりと、とても親切なつくり。

だから、ちょっとしたバランスで、ゴッホ=有名、天才って大変ね、みたいな軽いノリに転んでしまいそうな気もしないでもなかった。あまりにもゴッホは礼賛されすぎているでしょう。(そのきっかけがこの戯曲なのかもしれない(未調査))そればかりでいいのか、という気持ちもよぎる。

もちろん、脚本も演者もすごい。軽薄な舞台では全然ない。膨大な台詞がやりとりされて、神とは…、天才とは…と考えさせられる。

でも、正直、同じ天才でも、ゴーギャンは尊大すぎて日本人受けしないじゃん。ロートレックみたいな遊び人もダメだろう。ゴッホだから、いいんだろうな、とか。純粋で、働き者で(絵を描くだけだけど)。こういうの、好きだよなあ、みんな。

と思いながら観ていたら、最後があまりにももったいなかった。最後に、ゴッホへの賛美のような詩を朗読するんだもん。日本に与えた影響とかを言い出して、白樺派の誰かの詩なのか? と思ったら、元の戯曲にあるんやね(青空文庫に戯曲が掲載されてた)。うーん。ゴッホ=天才、誰もが賛美した、というのが常識になりすぎている今、それを言ったら、あまりにも興ざめではなかろうか。

むしろ、ゴッホが特別な人なのではなく、あのような狂気が誰の心にもある、という文脈で観たかった。

装置がとても良かった。お話は、いくつかのエピソードをつないでいるんだけど、盆を回して場面転換する。同じ壁が、違う場面で裏から見てもちゃんと機能していた。舞台全体を囲むのは、木の額縁なのかな? 使われている色が、ゴッホの絵に出て来る色で、それっぽいタッチになってるの。特に最後のアルルの場面は、部屋の壁や床が黄色と青に塗り分けられていてゴッホの部屋が黄色、ゴーギャン側が青になっていて面白かった。最初の宣教師時代の場面で使われていた十字架が最後に効果的に使われていたり。

ほかの出演者では、やはり銀粉蝶が絶妙。タンギーおじさんも穏やかで素敵だった。娼婦役の富田靖子が、舞台用の発声を身につけたばかりですという感じで、いまいちだったのが残念。
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康楽館で大衆演劇を観た(11/7) [観劇メモ(ヅカ以外)]

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国の重要文化財。移築されていない日本最古の劇場です。明治43年建築なので、今年でなんと101歳! 昔は鉱山で栄えた町で、鉱山会社が社員の慰労のために作ったそうです。外側は洋風、中は和風。東京のように移り変わりが激しくないから、古いものがそのまま残ったのでしょうね。奇跡ですよね、こんな劇場が残っていて、今でも利用できるんだから。

なんと、盆もセリも人力で、現役なのです!!! 盆が回っているとき、地面が「ごごごご…」って言うんだもん、すげー。

客席はもちろん桟敷。桟敷席なんて初体験です。
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歌舞伎や落語の公演もあるそうなんですが、今年度は松井誠の弟子たちが交替で公演、つまり大衆演劇をやってます。

松井誠の公演は昔観たことあるんだけど、渋谷公会堂なのでけっこうでかかった。梅沢登美夫も、早乙女太一もみんなでかい劇場で観た(わが横浜には三吉座があるんだけどまだ行ったことない)。というわけで、大衆演劇にふさわしい小サイズでの公演も、わたくし初体験でございます。

で、観たのは劇団 三峰組。

第一部のお芝居は人情噺ね。まず下ネタで客席をつかむんだけど、ヅカファン的には、ありえねー。ヒロインがヒロインぽくないのも、ありえねー。でも、それがいいんだよね、きっと。主役はあくまでも座長さんであって、ヒロインは添え物なんだもの。座長さんは太鼓が元々お上手だそうで、太鼓の腕を披露しつつ、恋を譲ってかっこよく哀愁を漂わせるお話でした。(脚本もご自分で書かれたそうです、すごい)

ショーでは客席降りがサービス満点。座長さんが、女形で練り歩くんだけど、ストーブにあたったり(桟敷席に石油ストーブが置いてあるんですよ、なんと)、握手大会になったり。時に男っぽくなって笑いを取ったりね。

観客は、大衆演劇好きそうな人もいれば、単なる観光客、そしてなんといってもジジババのバスツアーの団体さん。ジジババがもう、フリーダムで。芝居で先に台詞言っちゃったりするのよ。それもまた楽しい。ショーではお客さんを一人舞台にあがらせて、立ち回りをやってもらうコーナーもあって、盛り上がる盛り上がる。

一座の構成は、座長、二枚目、老人、太めコミカル×2、若者、ヒロイン系女性、三枚目系女性…だけ。うーん、シンプル。なんかさー、能とか、イタリアの仮面劇とかを思わせるよねえ。こういう見た目の人はこういう性格って最初から決まってて、それに適した役者だけで構成されてるの。原点だよねえ。

わたくしが気に入ったのは、親方役(老人ポジション)をやっていた方で(どうしてこう専科さん枠が好きなんだ、自分…)、菅村功さんというそーです。ショーだと、立ち回りが上手くて、あら、お若い、、、美輪明宏の若いころみたいにきれいなお顔立ちだし。

しかし、ファンクラブの人ってのはいないんですかねー。ヅカファンの性として、どこの集団が拍手先導してくれるのかな? と見まわしたんですが、見つからず。親方が花道退場するとき、拍手切ったの、あたしじゃん!?

終演後は役者さんが握手してくれるんだけど、菅村さんと握手したかったんだけど、劇場内見学ツアーにも参加したくてあきらめた。ここ、時間をあけてくれるんといいんだけどなー。

見学ツアーは、奈落やセリの装置、楽屋を見学できます。黒子さんたちも発声がいいのが不思議。本業は役者さんたちなのかなあ。

さて、これが奈落。
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盆をささえる秋田杉も、奈落の周りの土台の石も、建築当時のままだそうです。すきまから外光が見えます。

楽屋には、いろいろな落書きが。来月は玉三郎が公演するそうです。

こんな古い劇場で観劇できるのがうれしい! とおおはしゃぎでしたが、だからといって、ここで宝塚を観たいとは、思わないんだよなあ。なんでだろうか。宝塚が最初から「西洋」を志向していたからかなあ。(当初のパラダイス劇場は、写真を見ると全部桟敷だね。公会堂劇場(大正8年)は両側だけイスで中央は桟敷→大正9年に中央もイスにしたとのこと@『宝塚歌劇の60年』)

なお、こういうところは車で行くのが基本のようで、ペーパードライバーには非常に不便でした。昔は大館と電車でつながれていたようですが、今は廃線。私は十和田ホテル(こちらは昭和15年の建物、うふ)からタクシーで40分、9000円…。帰りは路線バス(一日に数本しかない)800円ぐらいで1時間で、大館に戻りました。

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「小さな花がひらいた」は胸キュン作品でもある [観劇メモ]

原作の小説と映画を観たあとで、あらためてこの作品を観ると。

すっっごい、胸キュンだね! ときめき場面がいっぱいあるね! 

原作ではそんなに胸キュン場面はなかったな。映画でも。あ、しいていえば、映画ではおりつが、子供たちと一緒におゆうさんに読み書きを習う場面があって、おりつがこっそり「わかとうりょう」って下手な字で書いてるのが、かわいかった。

宝塚版では、二人が再会する場面からしてときめくでしょー。「女らしくなったな」「いやですわ」うわー、いつの時代だよ(だから江戸時代だよ)。

おゆうさんのことで素直になれないおりつのいじらしさと、優しくしたら泣いちゃうだろうから何もできない茂次のもどかしさ。

それから、遠足の紅葉の下の二人っきりの場面ね。「あたし、あんたのこと好きだったのよ」って、それ、過去形ちゃうやろー。っていい感じになったところで、子供たち戻ってくるタイミングの良さね。絶妙だね。

そして極めつけは、夜、お寺の鐘ボーンの場面でのやりとり。しかもここ「子供たち、棟梁のこと好きになってますわ」(お前が、だろ!)「子供はかわいい」(おりつが、だろ!)と、もう、暗喩につぐ暗喩で、ときめくうううううう。

(小柳菜穂子の『めぐり会いは再び』は胸キュンを狙ってたそうだけど、確かにいい場面いっぱいあったけど、こういう「含羞」は無かったよなあ)

それにやっぱり、男役がかっこよくて、娘役がかわいい、これが大きいんだろうな。錦之助もかっこいいし、チエミもかわいいけど、どうしてもリアルなんだもん。蘭寿さんは架空の男前、蘭はなちゃんは架空のかわいい町娘。

はー、こういう作品との出会いがたまにあるから、ヅカファンから足を洗えないのかもしれないっす。

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花組全国ツアー@大館の報告(大館市民文化会館公演 11/6 12:00) [観劇メモ]

普段入らないところで拍手が入る。笑いが入る。うーん、新鮮。

客席降りに、どよめきが起きる。羽にいたってはもう、歓声があがってる。

いいですねえ、地方公演。

わりと小さな劇場で、二階がなくて、一階にかなり傾斜があるタイプ。駐車場にはツアーで観劇に来たバスが何台も。もちろんチケットは完売。

町は、秋田県で2位(市町村合併後4位)という大きな市の中心部なのに、商店街のシャッターはほとんど下りているし、ご飯食べるところもなかなかない。そもそも、若者の姿をあまり見かけない。

これから冬が来る、気分がめいるねえ、とタクシーの運転手さんは言う。

でも、というか、だから、というか、客席の反応が熱いです。

帰り、駅で隣り合わせた夫婦。夫が観劇後の妻を迎えに来たらしい。「パンフ買ったの? 見せて」「パンフ見てもこの感動伝わらないから!!」

翌日、観光地のレストランで隣り合わせたグループ。「宝塚ってかっこいい!」「もう一度観たい!」「女役がトップじゃないんだね」って、まずはそこから。

いいですねえ、地方公演。

(…こういう人たちが、ネットで検索して、組織の腐敗を知ったら、悲しいだろうな……)

以下、アドリブや変化など。

仙台で被災地訪問した次の公演であるせいなのか、「外神田からこっち…」と焼け跡を見渡す場面が、みんなしてウルウルしていたような気がした。

蘭とむ客席降りでいじられてた1列センターの女性は花純風香さんに見えたのですが…? 上手にくるまれてました。

それから、さお太さんの女装オチは、チークをおてもやんにして、鬼の角つけて、だいもんにナマハゲのおもちゃを渡してました。(相模大野ではウサギの耳。素じゃきれいすぎるので、「女装」になるよう工夫しているのだなあ。ツアーの途中で大変だろうに、進化していてすごい。)

だいもんのアドリブは「きりたんぽ!」「曲げわっぱ!」あと一個はわかんなかった。

くろのアドリブは「きりたんぽの食べすぎだっつーの」(あー、わし、きりたんぽ食べそこねた…)

みつる、二番手らしくなってきた! 目線とか、手とか、なんか「二番手さん」って感じよ! この人も進化している。ああ、是非、文芸ものでバウ主演を。(しかし、アシナヨでなんであんなウルウルしてるの???)

子役たちが子供にしか見えなくなってきて、ショーでは、じっぺいが、市がロケットしてる! と思ってしまう。菊二がおゆうさんに誘惑されてる、とか。そうそう、ふじぴーの声ががらがらになってたのは、少し良くなってたかな。叫ぶことが多いから大変だね。

あとは週末の北海道ですね。被災地訪問もして、実り多い全国ツアーだったのではないでしょうかね。こちらも、少ししか観れなかったけど、楽しい公演でした。うん。いい作品に、ぴったりのキャスト、いいものはやっぱりいい。

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カナリア(日本青年館 11/8 18:30) [観劇メモ]

すごく心に残るっていうわけでもない。ストーリーとかすぐ忘れてしまいそう。軽〜いお話。

だけど、けっこう笑って、スターさんの素敵な面をいっぱい見れて、楽しかった。

ハリーにもこういう時代があったのだなあ。手すさびに書いたけど、まあまあよく出来たじゃん、的な。

そもそも、悪魔が人間を不幸にする、それが卒業試験、という設定、よく見るよね。宝塚じゃなくて、少女漫画とかで。これの元ってなんなんだろうなあ。あと、ホームレスがじつは善い神であったっていうのも、よくあるよねえ。これはすごく古いような気がするぞ。じつは天使との戦いになってたってのも、あるある。神父さんがお金に飛び着いちゃったりするのも、あるある。不幸にしなきゃいけない人間が、ものすごい不幸で、これ以上どうやって不幸にすればいいのか困るっていうのも、あるある。

まあ、そういう類型をそのまま使っているわけです。

でも、どれも楽しいんだな。会話のテンポが面白いの。吉本なのかな? これって。あ、そういえば、関西弁でお稽古したって言ってたね、トークショーで。やっぱりそうだ、ハリーの会話のテンポって、吉本っぽい気がするのは、私が関西人じゃないからそう思うのかなあ。

壮さんの硬質な印象が、チャーリーとかぶる。ああ、こういう悪魔いるわ、って思う(悪魔に会ったことないけど、そう思う)。それに、スーツのときのあの細さ。ウエストのすとーんとした感じ。ああ、男役さんて美しい…って思う。

みりおんは、思ったよりもはじけててよかった。最初のソロがもっとドスがきいていればいいけど、研3では立派なものだ。顔立ちが大鳥れいに似ているね、こうして見ると。

みわっちはもうかわいくてかわいくて。昭和で大好き。

せんなさんもスターさんだったなあ。コメディエンヌとして華開いてほしいです。

まいてぃーは前評判ほど悪くなかった。成長しているのかな。ややつたないところも、「子分」だからなんだな、と思える。

小悪魔ちゃんたちは豪華ね。真鳳つぐみちゃんのダンスがいまいちでちょっと残念。きらりやマキシムと一緒だとどうしてもね。

一花ちゃんが前人未到の道を歩いている気がする(昔ならこういうスターさんはいっぱいいたのかもしれないが)。まりんさんと一花ちゃんが性別チェンジなのもわかる。ティアロッサミは軽妙で、パシャはどっしりした持ち味が必要ってことなんだよね? 一花ちゃんに輪っかのドレス着せたかっただけかもしれないけど。(マヤさんのときはどうだったっけ?)

さあやはメランコリックジゴロと同じキャラだね。ハリーはこういうさあやが好きなのね。

春花きららちゃんが悪魔学校の先生? でイイ声を披露していた。芝居もよくなってきた感じ。もっと使われてほしいなあ。ゴージャスな役で見たいよ。

よっちーーー。飼いたい。誰もが思うだろうが、よっちを飼いたい。

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ル・ポァゾンがわかってきたかも [観劇メモ]

岡田敬二のショーは、最近のはとても眠くて退屈なんだけど、これは確かに悪くない。ような気がしてきた。

まず、主題歌がいいんだよね。ずっちゃっちゃっちゃーっていうリズムね。でも短調なの。これって何かを彷彿とさせるよなあ、とずっと思ってたんだけど、わかったぞ。80年代の歌謡曲、まだ歌番組が最後の輝きを放っていたころ、それも松田聖子じゃなくて中森明菜のあの暗さ! これに違いない!

アダムとイブの場面っていうんですか?、蘭とむが赤いスーツのとこね、あそこなんか思いっきりバブリーでいいよね〜。南佳孝みたいなフレーズも聴こえるし。ワクワクする〜。

だいもんのコミカルな歌の場面も、80年代の歌番組っぽい気がするし、総じて、80年代の香りなんじゃないかなあ。バブルに向かう勢いと、まだ昭和で泥くさい感じも残っている、そのはざまの文化の香りがします。

そもそもこのショーのテーマである媚薬=毒(セットにあるのは香水瓶)→ディオールのプワゾンだよね? プワゾンの発売は1985年。このショーの初演は1990年。時代の雰囲気がそのまま閉じ込められているのかもしれないなあ。

それと、一つの場面にバリエーションがある。っていうのかなあ、そこが充実しているように見える。最近の岡田敬二のショーだと、一つの場面がだらだらと続くけど、このショーは、マタドールの場面なら、まずアンダルシアの男女に囲まれてる場面→牛と戦う場面→光と影が対面する場面、と手をかえ品をかえ、になってる。アダムとイブの場面も、男役総踊り→蘭とむと娘役→男役女装、とバリエーションがある。これがいいのかも?

一方で、やっぱりどうしてもつまらないと思うのが、白馬に乗った王子様系の場面。蘭とむ白いお衣装のところです。あと、だいもんが白いスーツで歌いだすリストの「愛の夢」に続く場面。眠くなるんだよねえ。これこそが、白井鉄造の系譜なのかもしれないけど。それとも、やっぱりこれも80年代のイージーリスニング系ってことなのかな。

あと、最初にお題目を説明するのが耐えられない。「ダンディズム、それは…」とかね(これは伝統芸能にルーツがあるのかもしれないが)。はっちさんが巻き物で場面のタイトルを示すのも同じく(これはまさに、落語の横にある紙みたいだな)。しかも「愛の誘惑」「愛のロマンス」…どれも似たようなものばかりで意味がないじゃん。

ところで、ナルシス・ノワールも香水の名前だし、岡田敬二は香水好きなのかしら。


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映画『ちいさこべ』を見た [観劇メモ]

おりつが江利チエミ。えー、そりゃないだろー、と当初は思っていたんですが、どっこい、この配役がキモだったんです。

宝塚の娘役だと、極端な話、蘭ちゃんがおゆうをやってもアリでしょう。それだけ「娘役」というのは、かわいらしくて品がある。

でも、江利チエミは色黒で、泥くさくて、「戦後の焼け跡で、12歳のときから歌一本で親兄弟養ってきましたが、それが何か?」なわけですよ。強情で、茂次にもバンバン文句を言う。全く対等。

かたや、茂次(中村錦之助)はお坊ちゃん。たしかに、親の葬式をあげない理由が「死んだと思いたくないから」なんて、相当、甘ちゃんなんですが。錦之助がやや舌足らずで、色白なのもまた、さらにお坊ちゃんぽい。

お話の基本は原作通りなんだけど、3時間もあるのでいろいろエピソードが加わってます。もったいないので全部は書かないことにしますが、町の人たちに家の建て直しを頼まれて、「大留は高級志向だから、そんなん作ったら大留の名がすたる」と言って反感を買う、なんてエピソードもあるんです。大留の看板を汚してはならないという思いでいっぱいいっぱいのお坊ちゃんなんですね、茂次は。

でも、焼け出された子どもを、最初は捨ててこいと言いながら、やっぱり育てたいと思い直したり、だんだん町の人を助けたいと思うようになる。変わってくる。それは、おりつの雑草のような強さに触れたから。

なんと、この映画は、ウジウジ茂次が雑草おりつによって救われて成長するお話なのでした。

宝塚版と全然違うね。宝塚版だと、もともとかっこいいけどちょっとかたくなな茂次と、もともとかわいいおりつが、火事と子どもを通して、心を通わせ合う、っていうお話でしょ。宝塚っていうのはやっぱり、元からいい男・いい娘、なんだよなあ〜。

でも、ちょっとダメな部分もある二人が惹かれあって成長していく様子は、心に沁みます。ちょっと最後がオトメには物足りないけど。宝塚とは違うけど、いい作品でした。復習に是非どうぞ。

基本的な情報を忘れてた。昭和37(1962)年の作品で、監督は田坂具隆です。

豆知識その1:中村(萬屋)錦之助はヅカファン的には、甲にしきの夫! っていうかそもそも最初の妻はOG有馬稲子だし、二度目の妻はSKD淡路恵子(しかも淡島千景ファン)だし、ほんっと、少女歌劇スターが好きなんだね〜〜。きりっとした感じの美人が好きなんだね〜〜。

豆知識その2:この映画、渥美清も出ているそうだけど全然わからず。

豆知識その3:ちなみに、ふみか氏の役は初代水戸黄門:東野英治郎が演じてます。「シゲ! おめえ!」なんて言ってて、まるっきり職人さんです(ふみか氏は職人に見えない。商社の社長に見える^^;)


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