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MATERIAL (銀河劇場 2/23 18:30) [観劇メモ(ヅカ以外)]

原作『雨柳堂夢咄』(波津彬子)は、骨董に宿った想いから展開する物語。モノノケが現われたり、過去の亡霊が蘇ったり。コムちゃん(朝海ひかる)自身の希望でこの漫画を取り上げたそうだ。

私は執着心が強く、物が捨てられないタイプなので、「もの」=MATERIALに何かが憑いてるってのは、よくわかる。日本には「付喪神(つくもがみ)」の伝統があるしね。

骨董屋の主人に植本潤。孫で主人公に三浦涼介(漫画そっくり!)。アンサンブルの4人は付喪神担当といったところ。コムちゃんは主人公の心眼の部分を担当しているようでもあり、付喪神のリーダーのようでもある。

メインとなるお話は、蜃気楼の話。はまぐりが吐いた息が、蜃気楼になるっていう伝説が中国にはあるんだって。それをモチーフにした根付を軸に、少女の格好をさせられている名家の少年と、中国へ研究に行くという家庭教師(男)の、ラブ。(ラブだよね? これ。。。オギーってば。。。)

「もの」に憑いている想いも、蜃気楼のようなものだし、少年が祖母に無理強いされて少女の格好をしていることも、祖母が見ている蜃気楼のようなものだ。現実に無理やりあてはめなくたっていいじゃない、というようなセリフがコムちゃんの口から語られるが、「もの」を軸とした蜃気楼の話なのだ、これは。それはとりもなおさず、役者という「もの」を軸として芝居を観て、役者という「もの」に執着して、勝手に夢を見ている、我々のこの行為そのものである。(→『KEAN』のセリフ「役者に恋した女は、蜃気楼を追っているようなものだ」)

その象徴が、コムちゃんというのがまた、心憎い。だって、朝海さん、まるで人形のようにも見えるし、それでいて力強いし、親しみやすいようにも見えるし、でもやっぱりクールで近づきがたい。「もの」属性を感じさせる人だと思うんだよね。

この蜃気楼のエピソードが面白すぎたので、ほかの場面、特にダンス中心の場面と乖離しちゃってるようにも思えた。1つの短いエピソードを中心にして、2時間というのは、長すぎるのでは。もっと、たくさんのエピソードをそれぞれつなげるか、1時間ぐらいにしたほうがよかったのでは。2幕目を完全に独立したダンス公演にするとか。『渋谷アリス』は1時間半だったかな。あれは、異業種のスターさんがわんさか出てたから、飽きなかったんだよね。(昭和初期の『歌劇』でもすでに言われていることなんだけど)レビューを飽きずにリピートさせるためには、たくさんのスターが必要、とのこと。わー、またこのスターさんが出てきたー、ってのなら2時間もったかもなあ。

植本潤が老若男女、八面六臂の大活躍。この人出てくると「スターさんだ~」って思う(笑)。家庭教師役の石井一彰って、最近名前よく聞くけど初めて見た。かっこいいじゃん! 齊藤恒芳の音楽はやっぱりいい。ひょっとして舞台上で演奏してた?

チケット代ぐらいはじゅうぶんに楽しめる、オギー×齊藤×コムちゃんの世界でした。
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オトメの被虐願望2 [ヅカってなんだ?的記事]

ボレロのもう一個の問題シーン。これってレイプだよねー…。陵辱された女がセリ下がっていくって場面じゃん…。何これ、最っっ低!!! とゆう場面があります。

タカラヅカでは、襲われそうになる場面ってのはけっこうあって、定番と言えなくもないんです。じつはオトメは襲われたいと思っていなくもないんじゃないか、と私は思っているんです。→オトメの被虐願望

だから、この場面もその延長じゃん、と言われればそうなのだ。だけど、この場面はイヤなの。絶対にイヤなの。

なんでこの場面だけがイヤなのかがわからない。

実際にやってるみたいに見えるから? でも、ショーでよく、トップ男役とトップ娘役が「そ、それは…」みたいなポーズになってること、あるじゃないですか。『ラブシンフォニー』のルーレットの場面とか。芝居の一場面でも、『薔薇に降る雨』の幻想エッチ場面とか。でも、あれは全然イヤじゃないのだ。

でもそれらは、合意の上ですからね。じゃあ、今回は合意じゃないからイヤなのかな。そりゃまあそうだわな。

でも、『ロマンチカ宝塚』とかのヤクザに襲われる場面はまだOKだったわけで(イヤだった人もけっこういると思うけど、自分はぎりぎりOK。助けが来るし。)。違いは、未遂か既遂か、ってことだけだなあ。なんでそこが重要なんだろう。

逆に言うと、なんで今回の場面は絶対イヤなのに、ほかの襲われ場面はイイと思ってしまうんだろうか!?

つまりは、全部、オトメの妄想なんですよ、タカラヅカは。だから、襲われそうになるのは楽しい妄想なの。上にあげた記事みたいに、「自分、モテモテ!?」気分が味わえるから。オトメは現実の恋愛したことないから、そこまで思われてる、みたく勘違いしちゃう。でも、そんなアホなオトメでも、当然、好きでもない人との既遂はイヤなの。いくら現実知らなくても、それはイヤなんです。一方、合意の上なら、既遂でも全然かまわない。キャハ☆

バカだな…バカすぎる。でも、オトメの妄想ってそんなものだ。

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男か女かどっちかにしてくれ@BOLERO、オスカルetc. [ヅカってなんだ?的記事]

ラヴェルのボレロにのって、レオンがセンターで踊る荘厳な場面。

レオン以外全員が着ている衣装が気になる。ホルターネックにパンツスタイル、全身金で頭はターバンっぽいやつ。で、胸がある。男役も女役も。

きもいよー、きもすぎるよー。なんでテルとかあかしに胸があるんだよー。男っぽく踊っている彼らに、胸があると、「!? オカマさん? それは人工の胸? オカマバー?」って思っちゃう。

ほかにもさあ、えーっと、『エンター・ザ・レビュー』のアランフェスの場面でも、男役女役問わず同じ衣装で、胸があったよね。スカートだったけど。そのかが男っぽく踊ってるのに、胸があって「キモ」とか思った記憶が。

素の彼女たちに胸があるのは頭ではわかってる。でも、舞台では彼女らは男役。男なんですよ、どんな場面でも! 稽古場風景とかオフでの格好とは話が違う、これは舞台の上なんです! 

だって、あんたら、鳩の役の二人は片方はパンツ、片方はスカートに設定してるじゃん。なんでそこまでするっていうぐらいに、普段はショーの衣装を男と女に分けてるじゃん。肌の露出が多いほうが女。くびれたラインを見せるのが女。肌を露出しないのが男。直線的なラインなのが男。そういうふうに、男と女の決まり事を、無理矢理にでも作ってるじゃん。

『紫子』でほっとしたのは、紫子が女々しくないことだった。男っぽく育ったんだから男役仕様、でもストーリーの上では女、それで何の問題もなかった(わたし的には)。まあ、原作でもさばさばしてたから当然なんだけど。あれで女々しかったら、相当キモいくないか?

って、そのキモいのがオスカルなわけで。原作では凛々しいオスカルなのに、なぜかタカラヅカのオスカルは女々しい。軍服を着ているのに、ナヨったせりふを言わされてる。(初演当時から女々しいと言われていた!@高声低声)

女が男を演じるんだから、中途半端はやめにしてほしいの。どっちかに決めてほしいの。

なのになぜあの場面(とオスカル)だけ、中途半端なのか。

いや、ひょっとして確信犯なのか? 「両性的なもの」を狙っているのか? 昔の岡田敬二のショーで両性具有を意味する「アンドロジェニー」というのがあって、これがかなり批判されていた論文を読んだことがある。(今すぐにコピーが見つからん)

時代なのかもしれないな。ボレロのあの場面は、鴨川作品が元だそうだ。昔のタカラヅカの本を読んでいると、男役でもオフで当然のようにスカートはいてるし、衣装もウエストコンシャスだし、男役は男らしく、というよりは、スター性のほうが重視されてるような印象がある。だから、スターが男になったり女になったり、その中間になったりするのは全然OKだったのかもしれない。

でも、今の感覚からすると、男役と女役は明確に分かれていてほしい。両性的なものはその根底を覆すように思えてしまって興ざめ。世の中の現実の男女が中性的になっているからなのかもしれない。

演じているほうも、「胸ありの衣装のときは、男役ってことを忘れて踊ってください」って言われても、そりゃ無理でしょー。そうできるタイプの人もいるかもしれないけど、できない人も絶対いるでしょー。いっそ、「女役としてやってください」って言ってくれればいいのに。それならそれでメイクも踊り方も変えるから(って時間が足りないけど)。

男役も女役もファンタジーなんだから、徹底してやってほしいんだよなあ。中途半端だと夢が醒めるなり。頼む。

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ハプスブルクの宝剣 / BOLERO(東京宝塚劇場 2/18 18:30) [観劇メモ]

マリア・テレジアって長沢ちゃんだったのか…!!?

(長沢ちゃん=安野モヨコ『花とみつばち』に登場する、天然キャラを装うが、そのこと自体がめちゃくちゃ腹黒い、でも、よくいるタイプの女子高生。)

「彼からあなたの話はよく聞いてるわ、私、彼のことがもっと知りたくてあなたとお話してみたかったの」…おいおいおいおい、自分に気があるとわかってる男を呼びつけるって、優越感と下心アリアリだろうが! ぶん殴ってやろうか! だがしかし。『花とみつばち』の小松ならまんまと騙されるところだが、タカラヅカのダーディヒーローは違うぜ。「とか言って、俺に気があるんだろ」と迫って、あわやチュー!? いやん、ステキー。

そんな長沢ちゃんな妻と、ダーティヒーローを、なんの曇りもなく、それこそ無心に暖かく見守る、ちょー頼りない婿養子フランツ。この人こそ、本当に高貴な人だね。ルイ16世のかっこいい版ってところだ。

不思議な三角関係はちょっとドロドロしてて、面白かった。もっとやったれ、って感じ。

そんなこんなで、原作があるからなのか、ストーリーは飽きなかった。けど、景子タンはやはり大劇場の空間をうまく使えていないよなーと思う。小池を意識した舞台配置が多かったけど、活かせていなかったような。

感情の流れに棹をさされてしまうんだよね。一番ついていけなかったのが、最初はキラキラしてたエリヤーフーが、軍人になって出てきたら突然怖い人になってたとこ。え、なんで? どうしたの? 一瞬疑問に思って、でもすぐ解決するならいいんだけど、そうじゃなかった。だいぶたってから、苦悩を歌うナンバーがあった。それでは遅い。ストーリーの論理ではなく、感情のつじつまで、長時間、疑問を持たせてしまったら、その間に興が醒めてしまう。かといって、それをねじ伏せるような舞台の転換があるわけでもない。バウみたいな狭い空間だといいんだけど、大劇場だと距離があるから醒めやすいのだ。冒頭が、装置も何もない状態で主人公が一人でえんえん歌うというのも、無理がありすぎる。

それと、ユダヤの誇りに目覚めて戻ってくる…ので、解決でいいのか!? と。あれだけ能力も野心もある人なのだから、ユダヤ人の地位向上の活動するぞ、とか、そういうことをにおわせて終わりにしてほしかった。それこそが、真のハッピーエンドではないのですか。

レオン(柚希礼音)の歌はほんとに上手くなった。私は低い声の人が好き。ヒロさん(一樹千尋)のくるくるパーマがステキング。京三紗は歌が上手かったらゾフィ役を見てみたいかも。新解釈になりそうじゃない? みきちぐ(美稀千種)と美城れんが出てくると、なんか小芝居しないかと、そっちばっかり見てしまう、いかんいかん。みずりょ(水輝涼)パパの発声はいいなー。私は発声のいい人が好き。ともみん(夢乃聖夏)がスターさんぽくなってた。みやるり(美弥るりか)のヒゲ! みやるりのヒゲ! 嗚呼、それだけにチケット代を払ったと言っても過言ではない。退団者の出番が少なくて残念すぎる。あかしくん(彩海早矢)いつ出てくるのかと思ったよ、もう。

ショーは、『レビューオルキス』の静かで素敵なデュエットダンスの雰囲気と、アフリカっぽい場面を適当に詰め込んで、そしたらまとまりなくなっちゃったから、ポエムでつないでみました。というところでしょうか。一個一個の場面はいいんだけどなあ。草野先生も老害組に入っちゃうの…? かなしいわ。

詩をモノローグで入れること自体は否定しない。けど、これは、なんとかまとめようと思ってポエムに頼ったってだけじゃん。すごく良い詩ってわけじゃないし。本来、頭に浮かんだ詩を、モノローグを使わずに、歌や踊りや装置や衣装に変換して表現するのが、ショーやレビューなのではないですか!?

テル(凰稀かなめ)の銀橋渡りが太王四神記に比べたらマシになってたけど、でももっと「俺が二番手だぜ!」ってギラギラとキザってほしいよー。男役芸が全然物足りないよー。ねね(夢咲ねね)は緑豆に言わせると、あべ静江だそうです(笑)。夢妃杏瑠がソロ歌ってた、もっと上級生かと思った。

被虐シーンと金色ボレロ場面の衣装については別稿で。

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ノーマ・ジーンとマリリン・モンロー(赤坂レッドシアター 2/20 17:00) [観劇メモ(ヅカ以外)]

マリリン・モンローって、もっとアホなイメージで売ってたんじゃなかったのかなあ…。ノーマ・ジーンって、もっと見た目地味な人じゃなかったのかなあ…。

ずっとその違和感があって、そのまま終わってしまった。映画で号泣したくちなので、先入観があるんだろうけど。剣幸様はどう見ても、知的でかっこいいんだもん。。。きれいでスタイルすごくいいんだけど、マリリン・モンローが「胸とお尻だけで頭はいらない」と台詞で言われているほどには、肉感的でもアホでもない。

アンサンブルはいろんな役をかわるがわる演じているので、ほぼ一人芝居みたいなもの。それに、小さな舞台なので、たとえばタカラヅカみたいに装置や様式で押し切ることができない。だから、どうしても主人公に左右されてしまう。(それに、主題歌が歌詞もメロディーも陳腐で、興を削ぐ)

当時のジャジーな歌をかっこよく歌い上げ(My heart belongs to dadyが最高に良かった)、精神を病む芝居を深くやればやるほど、「これはマリリン・モンローではない違う人なのではないか」と思ってしまう。いっそ、同時代の違う女優さんってことにしたほうがいいのでは。アダルトチルドレンでスターになった人なら、ほかにもいっぱいいるだろう。でもまあ、有名なマリリン・モンローのほうがエピソードは豊富だよね。

それに、日本人でマリリン・モンローにピッタリな人がいるかというと、それはそれで難しいのだが…。

そもそも、ノーマ・ジーンは野心的で、マリリン・モンローは頭悪そうなイメージで売れて、そのギャップも彼女を苦しめていた、っていう話だったような記憶がある。映画では別人が演じていたから、その違いが明確だったんだ、そういえば。でも、同じ人が二つの人格を演じて、演出上もまったく地続きになってるから、無理があるんだ。ふむふむ。せめて、マリリン・モンローであるときは金髪のカツラで声を高くするとか、そういうふうにはできなかったんだろうか。まあ、あの小さな空間では難しいかなあ。

シリーズで続くらしいので、もし引き続き女性の一代記みたいなものをやるなら、次はもっと嵌る役か、もっと凝った演出で観たいです。

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娘役とは娘役道を極めるもの [ヅカ的近況]

TAKARAZUKA BEAUTIES#6を見ました。花組の梅咲衣舞ちゃん、遼かぐらちゃんがネイルアートに挑戦しつつ、おしゃれのこだわりを語る番組。

「個性派娘役」って紹介されてたけど、その形容詞、どうなの^^; まあ、ぱっと見ヒロイン!って感じじゃない二人なわけです(正直すぎてごめんよ)。どっちかっていうと、かっこいいとか、面白いとか、そういうイメージの二人なわけです(フォローになってる?)。

でも、そんな二人が語る娘役としての意気込みに、感動した。感動したとも。なんか、健気でいじらしいんだもん。

娘役は絶対ロングヘア、傷まないように毎日トリートメントする! …大変やな〜。

ヘアスタイル命! 初舞台でトップさんがしてた髪型に憧れてて、こないだやっとできた! …いじらしいの〜。

お稽古場で着るスカートも、短い丈、長い丈、巻きスカート、いろいろあるし、レオタードとの色合わせも工夫する! …え〜、スカステで映るのは一瞬なのに〜。

大勢の人が見てなくたって、娘役とは何かってのを追究する。手が大きかったり、もともと娘役らしくないところがあっても、それでも娘役らしくあろうとする。これはもはや「娘役道」だよね。華道、茶道、武道、武士道…。タカラヅカという世界が作り出した男役像、娘役像を、身を呈して体現しようとする。ものすごい努力で。これって、その世界が好きで、その価値観に殉じる気持ちがなきゃ、やってらんないよなあ。

オリンピック選手の態度が悪いとかってニュースがあったけど、世間が求めるスポーツ選手に対するイメージに、彼は殉じる気持ちがないんでしょう。朝青龍も、横綱という肩書が持つイメージに殉じる気持ちがなかったんでしょう。それもまあ、わからんでもないです。そこまでやってられっかよ、という。むしろ、それをぶち壊したいのかもしれん。

でも、いぶちゃんとリノちゃんは、娘役道を極めようとしてるのだ。タカラヅカが、娘役が、好きだから。えらいのぉぉ〜。こういうのにヅカファンは弱いんだよね。みんなで魔法をかけあってるタカラヅカ。非現実的なその理想に向かって努力する姿は、タカラヅカ教に対する信心が深いことの証です。しかも、恵まれたヒロイン役者って感じじゃない娘役でも、頑張ってるところが、健気で、またいいじゃありませんか。

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項羽と劉邦っていうより、項羽と虞美人と桃娘(2) [観劇メモ]

*2/20 最後から2段落目を改訂しました。


おもしろ場面だけ抜き出したら、なんだか俗っぽくなっちゃいましたが、いやいやそんなことはなく、とても文学的で、読んでるだけでうっとりしそうな戯曲です。

ただ、やっぱり舞台だし、セリフ中心の戯曲なので、戦闘の場面はほとんど無く、兵法の話もそんなには出てきません。なので、本来、劉邦の部下として大大大活躍の韓信(みわっち)、張良(まっつ)、蕭何(アキラ)は、長與版ではそれほどは出番がありませんでした。

むしろ、韓信は桃娘との絡みが重要なのかも。(あと、劉邦が項羽にバカにされるとき、韓信の有名な股くぐりを見習う、というくだりもあります。)

韓信 貴女は私を闇の牢獄から解放してくれた自由の天使だ。わが運命が憧れていた恋人だ。(桃娘を抱こうとする)
桃娘 (逃げて)待って下さい。貴方はまだわたしに触ってはならないのです。(すすり泣く)
韓信 どうしたのです!
桃娘 わたしは人殺しです……。
韓信 貴女が人を殺した? いや、天下に人殺しでない者は一人もない。(略)
桃娘 そればかりではないのです……(泣く)わたしは……わたしは呪われているのです……
韓信 今時呪われていない者は珍しい。では誰かが貴女を踏みにじったというのですか。けがしたとでもいうのですが。そんなことを訊くのもたまらないが。
桃娘 みんな貴方のためです。貴方と一緒になりたいために……


こ、これは昼ドラか!?

昼ドラというか、もはや大奥なのが、呂妃が虞美人を侮辱する場面。

虞姫 (ヒステリカルに)ああ、わたしはもうたえられない! お前は何だ……お前は……恩知らずの人でなし奴。鬼婆!(言葉を継げずにただ狂的に身体を揺すぶりて泣く)
呂妃 何ですって? わたしが恩知らずの人でなしで、鬼婆だって?(略)このアマは…(扇子にて虞姫の額をピシャリと打つ)
(虞姫短剣を抜きて呂妃に斬ってかかる。(略)呂妃は「おのれ」と言いながら虞姫をその場に突き倒し鞭にてピシピシ虞姫を打擲す。


じゅ、じゅりあ、また鞭かよ! 芳玉蘭再び!?

またも、おもしろ場面ばかり抜き出してしまいましたが。

呂妃は歴史に名を残す、ちょぉぉぉ怖い人ですが、長與版では、項羽の人質になって息子を殺されたために劉邦のことも恨んでしまう、という設定で、なるほど説得力があります。

劉邦は、忍耐強くて優しくて賢い人。でも、それは項羽の破滅を際立たせるための存在って感じ。劉邦は立派な人、だけど項羽は鬼神。それも可哀そうな鬼神。項羽が横山版よりもずっと不遜で、尊大で、可愛げがなくて、だけどすごく切ないのが、泣けます。後半は、王になって誰も信じられなくなって、虞美人の入れたお茶しか飲めなくなっちゃうの。(孤独な王の不幸って、類型あるよね。)

殺したやつらが夢に次々あらわれて苦しめられる、項羽の叫び。

項羽 俺は生まれながらにして強い翼を与えられた。俺はそれを振るわないわけに行かなかった。そしてそれを振るえば俺はいやでも高く飛ばないわけには行かなかった。が、その卓越が俺の禍いになったのだ。はは。
虞姫 誇るべき禍いですわ。


はうう。

横山版を読んでいるときは、どうしてもSな項羽がずほ、優しい劉邦がまとびさん、ってイメージだったんだけど、長與版を読むと、逆もアリかな、という気がしてきました。「ガラスの仮面」の「二人の王女」の故事(違)にならって、逆イメージが吉と出る、あれですよ。きっと、劉邦はキリリと鋭く、そして、項羽は苦しくて切なくて、虞美人には甘〜い甘〜い男になるに違いないです。

そして虞美人の覚悟。

虞姫 (略)わたしはまだ二十七だ。体はまだ衰えてはいない。しかし牡丹の花の寿命が短いように私も二十七年の間に永い女の一生を咲き尽くしたのだ。わたしを踏みにじりたいものは踏みにじるがいい。しかしわたしを生きたままで踏みにじることは出来ない。大王という木の高い枝の上でのみ咲くように生まれたわたしはその木を切り倒す者どもが土足でわたしを踏みにじる時、もはや大王のために死んでいなければならない。(略)わたしはこのうえなお生きながらえてあの方の邪魔になるより、苦痛になるより、恥さらしになるより、早く死んでしまいたいのだ。

はうう。やっぱりタイトルロールは虞美人なわけで。

項羽は「力」。虞美人は「美」。その二つが並んでいる姿は、究極に官能的。エロス&タナトス。一人の人間というよりも、力の象徴、美の象徴、神なんだろう。まるで、タカラヅカのトップコンビみたいにね。

もちろん、昔よりも男役の比重が重くなっているタカラヅカですので、劉邦ほか、武将たちの役の比重はキムシンも変えて作るとは思いまする。ちなみに、長與版にも横山版にもない役名は、紅林(一花ちゃん)=宋義の稚児って…。王媼(梨花ますみさん)=衛布(みつる)のスパイですと!? 楽しみー。

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なんだこれ@蒲田駅 [ヅカ的近況]

通勤路線でこんなデカいヅカ看板初めて見た!

阪急沿線ならともかく、お金かかるよねえ、こういうの。新規顧客獲得に頑張ってるんだねえ。

しかし、なぜよりにもよって植爺作品…知名度のあるベルばらならともかく…。カサブランカにすれば、観に来た人を確実にリピーターにできたのにねえ。
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項羽と劉邦っていうより、項羽と虞美人と桃娘(1) [観劇メモ]

白井鐵造が元にしたという、長与善郎の戯曲『項羽と劉邦』を読みました。大正時代のものだけど、岩波文庫で出てて、地元の図書館に普通にありました。

とにかく濃いい。ドラマチック。横山版は(おそらく、史記にかなり忠実なのでは)8割以上が兵法の話で、情念みたいなものはあんまりないのですが、こちらはもう、情念ばっかり。ヅカファンなら絶対楽しめる、大げさな場面が満載。

虞姫 お痛いでせう。
項羽 この傷を受けた時私は腹が立った。しかしこうしてそなたに治療してもらうことが出来ることを考えた時、私は傷を受けたことを喜んだ。こんな小さな傷さえも私達の愛のたのしみをいやが上にも濃くすることに役立つことを私は喜んだのだ。(虞姫の肩に右手をまわす)(虞姫はうつむいたままじっとしてしまう。手を動かしえなくなる。その顔は火のようにほてる。深き息を吐きつつなおも項羽に寄りかかるようになる。項羽突然右の片手にて虞姫を膝の上に抱き上げる。二人抱きつき、長き接吻する。)


あのーーー、傷の治療はどうなったんですかーーーー。

虞美人って、史実ではただ名前が残っているだけの存在だそうですが、そこをロマンチックに描くのが、作家の腕の見せ所ですよねー。いろいろオリジナル設定がいっぱいあって、わくわくする。最大のオリジナルが、桃娘。あとがきによると、『女学世界』(女学生向けの雑誌)に載っていた「殷桃娘」という短文に着想を得て、この戯曲を書き始めたとのこと。それだけに、項羽と虞美人に続く主要キャラです。

項羽に父を殺され踊り子に身をやつした桃娘のところに、呂妃がやってきて「劉邦側のスパイになって虞美人に仕えろ」と誘う場面。

呂妃 では(略)お前はまだ親の仇をうつ気はあるのだね。
桃娘 (略)奥様、貴方はわたしの鏡です。貴方にお目にかかってわたしはようやく自分だけでは見ることの出来なくなっていた自分の正体をはっきり見るような気が致します。
呂妃 わたしを敵と思わなければわたしに抱かれておくれ。(略)さあ、誓っておくれ、わたし達が運命を共にする姉妹になったということを。
桃娘 (呂妃に抱きつく)奥様。……


濃いぃ、濃いぃよ。これ、じゅりあとだいもんがやんの!? だったらすげーよ?

桃娘がらみで、さらに項梁にも濃い場面が。

項梁 さあさあ、もうそんなあらがいはよして神妙にするがいい。もうこうして俺に捕まってしまったからにはお前がいくらそのかよわい腕でもがいたところで蜘蛛の巣にかかった蝶と同然、ますますお前の身の破滅になるだけのことだ。(略)(そっと桃娘の肩に手をかけると見せて突然その手を彼女の胸に差し入れ、桃娘が「あれっ」と言って抵抗する間もなく懐剣を奪い取る)ふむ、こんな危ない物を持って! 何かがお前をこんな刺を持つ痛々しい薊にしてしまったのだな。(桃娘、身投げをせんとする者の如く見せようとしてわざと砦の一方へ逃げるを、項梁押さえ込む)

ええーーーっ、ふみかちゃん、50代現役バリバリのエロオヤジなのね!?(しかも杜月笙×劉衛強ふたたび!?)こ、この場面のあと、何が行われたかは…、ちょ、ちょっと書けません…。そのうえ、項梁はなんと虞美人も狙ってるらしく、項羽は叔父なのに項梁と仲悪いの。木村先生(こういうときだけ先生呼び)、この設定、絶対採用して!!

(興奮してきたので、いったん切ります)
*引用は、現代仮名遣い、新字等々に置き換えました。

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紫子 / Heat on Beat!(中日劇場 2/13 16:30) [観劇メモ]

与えられた立場、役割の中で、懸命に生きる。健気で潔い人たちの物語。ええ話や〜。

たっくん(大野拓史)がパンフに、「時代に翻弄されながらも責任を引き受けるリーダーと、それを信じてついていく人々のまばゆさは、今の月組そのものだ」(要旨)って書いてて、ななななるほど、と。「これも時勢だ」って紫子が言うところで、泣いてしまった。なんか、重なるじゃん。大劇場で半分近く空席が出るというこのご時世。よくわからない実験(番手とか、トップ娘役が不在だったこととか)が行われている月組。でも、みんな健気に頑張っているよね。

だから、なんてことはない場面の台詞「あの人たちにも役割や立場がおありでしょ?」にも、ちゃんと意味があるんだよね。舞鶴姫も、自分の役割の中で精一杯生きようとしているから、ああいう台詞になるんだなあ、ふむふむ。

柴田作品のラストは、かっこよくて余韻があるよねえ。三太夫夫妻が死ぬのにすごい時間とってるのも、感情をすごくタメてるって感じで、たまらない。まあ、全体的にゆったりしてて、昔風なんだけれども。

初演のビデオを見返してみたら(カットも多いし、画質も悪いので断言できないんだけど)、マイクに向かって「とりかえばやー♪」とか歌うのが、今回は踊りながら、とかになってたみたい? 初演の幕前芝居も、今回は幕前ではなくなってたように思います。基本的には初演を踏襲しながらも、あまりにも古くさい作法はやめたってところなのかな。あと、今回、装置がかなりキレイで抽象的になってるのね。蝶が舞っている絵(日本画で有名なもの?)や、藤が描かれたセットが素敵。藤は「紫色」だしね。あ、自分的にツボだったのは、天野がお香に「お前はいい道具だ」ってひどいことを言う場面、初演では天野とお香は離れてるのに、今回は思いっきしセクハラしてました。いやん。

初演は昔にビデオで見ただけだったので、なんとなく、峰さを理と顔が似ているつながりで、サエコ(彩輝直)みたいな人(両性的で変な色気のある人)が紫子向きなのかと思い込んでました。けど、きりやん(霧矢大夢)も意外にあってたのよ。明るくて、生真面目なところが。ハキハキしてるだけに、最期がより切ない! あと、コメディセンスもさすがだね。(そもそも原作はコメディ風味だし。)いやはや、惜しいのは背丈だけだ^^;

風吹は儲け役だよなぁぁ。だって、あの頼りないもりえ(青樹泉)がかっこよく見えるんだもん。初演のビデオでも「日向薫さんって、背高いだけじゃないんだ」とか思ってたけど(失礼ですんません)、ほんと儲け役。隣の初心者さんが「かっこいい」連発してました。

まりも(蒼乃夕妃)がけっこうお姫様っぽくて、でも気丈なところもあって、感心。そのか(桐生園加)はちょっとした出番でいちいちかっこいい。マギー(星条海斗)が『オグリ!』の三郎の衣装着ててびっくりした。あれ、悪役衣装なのか?(笑) マギーのショーブランが見たかったな…(しつこい)。一色瑠加の三太夫、意外に強いのね。笑いもちゃんととってた。初演は萬様の役だよね。そして、みっしょん(美翔かずき)ラブがさらに強まる。日本物だと顔のかわいさが強調されちゃうけど、頑張ってたわ。咲希あかねちゃんが大きな役で、しかも芝居うまくて、チョーうれしい。ただ、日本物のメイクはかわいさが半減してるような。

ショーは、アサコ(瀬奈じゅん)さよならの再演だから仕方ないけど、もっときりやんの歌がききたかったなあ。裸足で踊らんでもいいと思うの。いや、バレエのテクニックはすごいと思うけど。トップ娘役の出番も少ないショーだし、もうちょっと変更してあげればいいのにー。

そのか&みっぽー(美鳳あや)が組んでるとそこばっか見ちゃう。千海花蘭ちゃんが中田はじめに見えてきた、やばい。あんなにかわいいのに。愛風ゆめって子がすごい使われてる。彩星りおんの声はいい。羽咲まなの歌、好きなんだけど、エトワール向きじゃないのかなあ。みりお(明日海りお)がかっこよくシャウトしてて、いい感じ。

それにしても、階段降りが不思議だ。あーちゃん(花瀬みずか)、なんでそこで。もりえは芝居では二番手なのに、ショーではみりおが二番手なんだ。うーん、わからん。大昔は今みたいに娘役トップも固定されず、番手もまちまちだったというから、それを狙っているのかなあ。まあ、みりおが二番手だということならば、芝居はそれにこだわらず(風吹は背の高いほうがいいから)もりえを二番手の役にしたってことで、それはそれでいいことなのかもしれないけども。。。でもプログラムの番手はまた違うしなあ。

黒燕尾の男役がずらっと並んで、きりやんに向かって手をのばすところ、自然と拍手がおきてて、じーんとする。あー、トップさんのお披露目なんだー。そういえば私ゆうひ(大空祐飛)のプレお披露目も行ってるしなあ。これでユミコ(彩吹真央)がなれればよかったのになあ。「これも時勢だ、、、」なのか…!? やだよー。

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