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シェルブールの雨傘(日生劇場 12/27 17:30) [観劇メモ(ヅカ以外)]

映画が大好きで、サントラは日々聞いてます。歌えるぐらいです(嘘、フランス語できません)。『ロシュフォールの恋人たち』も大好きです。おフランスでスタイリッシュで、とにかくかっこいい。だからこそ、謝珠栄とフランスって、全然イメージ違う気がして、不安だったんだけど…。

でも、観て膝を打った。

街中で突然踊りだす! しかもかなりアクロバティック! 謝珠栄っぽい振付け! それがなぜかジャック・ドゥミの世界っぽく見える! 笑える〜、たのしー。

あと、反戦がテーマなんだね。映画では無かった、アルジェリアでの戦闘場面があったんだもん、驚きだわよ。でもわかる。あんなにハッピーな『ロシュフォールの恋人たち』でも、水兵さんがたくさん出て来て、さりげなく反戦モードだった。それを拡大したんだね。

だから、スタイリッシュというよりは、「人間って切ないなあ」という作品になってた。となみ(白羽ゆり)がどことなくアホっぽいかわいらしさなのも、その一因かも。ドヌーブのような硬質な感じとは全然違う。悩んだ結果、違う人と結婚しちゃうのも仕方ないよね〜、という。

タータン(香寿たつき)がちょっとイヤでやり手なお母さん役にはまってた。『OUR HOUSE』で芋くさいお母さんやってたけど、狡猾なほうが似合うよなあ。

映画の特徴である色遣いがちゃんと再現されてたのもうれしかった。部屋やお店が、くるっと回る小さな小部屋(なんて言えばいいの〜?)で、それが閉じられると街並の絵になってるのも上手い。けど、街並の絵が、ユトリロかデュフィかって感じで、ちょっと映画のイメージとは違ったなあ。古くさく感じた。

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ニ番手の退団 [ヅカ的近況]

ユミコ(彩吹真央)が退団するなんて、思いもしなかった。トップになるものだとばかり思ってた。でも、早い人はカレンダー掲載月からして気付いていたんだよね。自分にいかに、そういった政治というか力関係を読みとる力がないのかと茫然とする。

二番手が退団って、新専科をのぞくと、朝香じゅん以来だろうか? ということは18年あいてるのか。タカラヅカの時間は世間の3倍(by香寿たつき)。ということは、世間の感覚だと54年ぶりということで、かなりの「めったにないこと」だよね。(二番手っていう位置付がいつからできたのかわからないけど)

二番手で重用されてきた人が退団、トップになれたらなりたかっただろう人が道半ばで退団。。。悲痛すぎる。ずっと笑顔でいたユミコのことを思うとさらに切ない。

ニ番手になっても、トップになれるとは限らないんだ…! どんなに歌が上手くても、ダンスが上手くても、ニ番手として使われていても、トップとの並びが良くても、何も保証されてないんだ…! いつ足元がひっくりがえされるか、わからないんだ…!! この恐怖たるや。

劇団に対するイメージがますます悪くなる。

花から雪に戻ってきたのは、まとぶん(真飛聖)が来たから。まとぶんをオサ(春野寿美礼)の次のトップにしたいから。じゃあ、まとぶんがなんで花に来たかというと、レオン(柚希礼音)の上にいて、レオンをはやくトップにしたかったから。…ってことなのかあ??(←センスないけど考えてみた、政治の話) 

競争はあって当たり前。それが本音。でも、それとは別に幸せな夢を見せる商売なんだから、本音と建前使い分けてくれないと。建前あってこそのタカラヅカでしょう。そこの兼ね合いは巧妙にやってくれないと。みんなにこんな恐怖を植え付けて、一体なんの得があるのだろうか。

だいたい、ユミコのファンが何人いると思ってるんですか。入り待ち出待ち、お茶会の人数、どれだけの数を誇ってると思ってるんですか。あの人数を敵に回すってどういうことですか。我々ファンをバカにしてるんですか。(まあ、今までだって、ファンの人数とトップ就任は必ずしもイコールではなかったけどさあ…。)

ガードとか、チケット買うとか、そういう我々ファンができるちょっとしたことすら意味がないのなら、もう「私たちがタカラヅカの一翼を担っている」という、ヅカファンの自己満足は全く存在しえないということだ。その共同体幻想が壊れてしまうのなら、私の好きなタカラヅカ教は成り立たないということだ。

音楽学校が裁判所の決定を無視したり、ネットについての教育を生徒に全くしていなかったり、問い合わせにひどい対応をしたり、と常識はずれであることが最近とみに明らかになってきているけど、今回のことで、あーあ、やっぱりね、と。我々のような、一般のファンのことは、どうでもいいってことなのかも。

あっ、それか逆に、「あんな劇団の中にいてかわいそう、○○ちゃん」という気持ちを煽る作戦だったりするのだろうか。→阪神タイガースしかり。でもそれも、もう、やりすぎだよ…。

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阪神教と宝塚教 [ヅカってなんだ?的記事]

井上章一の本は好きなんだけど、読んでないのもけっこうあると気づいて、ちょこちょこ読むことにしている今日このごろ。

彼は阪神ファンだそうで。え、京都の人なのに? いやいやいやいや、

阪神=大阪の象徴なんて考え方は、虚像!

じつはごく最近のもので、マスコミ主導の作られた虚像なんですってー。知りませんでした。そんなことを解き明かしつつも、虚像にすがる阪神ファンの気持ちをつづったエッセイ集が『「あと一球っ!」の精神史』(太田出版, 2003.9.)。ヅカファンとして共感せざるを得ないのです、これが。

「ふつうどこの球場でも、試合が終わったら観客はぞろぞろ帰りはじめますね。でも、甲子園では(中略)ヒーロー・インタビューを聞き終わったら「六甲おろし」を三番まで歌います。三番まで歌い終わったら、今度は選手ひとりひとりのバッティングマーチがつづきます。
この儀式を最後まで終えてからようやく帰りはじめるわけですから、これはもう宗教でしょう。阪神教右翼席派の勤行です。甲子園はまさしく聖地です。
ファンも自分たちがもりあげていることで選手をささえ、相手チームをビビらせていると思って球場に来ています。自分たち観客もコマとなり試合を動かしていると思っている。
なんでそんな幻想にひたれるのかというと、球団が情けないからです。」(p136-137)

球団を歌劇団に、甲子園を宝塚大劇場(か東京宝塚劇場)に置き換えても、意味通じます。全然通じます。

「球団があんなふうやから。心さむざむとさせられるような球団やから俺たちがささえなあかん。あんな球団にやとわれた選手もかわいそうやけど、そのぶんわしらがささえたるとファンがかってに思ってくれる。それが球場のものすごいもりあがりをつくっている。」(p131)

ぬぉぉぉ。「あんな劇団だから、あたしたちが○○ちゃんを支えないと」って、我々しょっちゅう言ってますけど! その心意気で一生懸命出待ちの列に並んでますけど! まさに→コレ

しかも、井上章一は、劇団、じゃなかった球団はわざとやってるんじゃないか、とまで言う。そうなの? そうなの? 歌劇団はファンを盛り上がらせるために、わざと冷たい仕打ちをしてるの? 一作トップもそういう作戦なの? 

ま、半分冗談なんでしょうけれども、でもそんな気持ちがあるのは、阪神ファンもヅカファンも同じなんですねえ。小林一三と阪神との話もちょっと書いてありました。

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Nine(テアトル銀座 12/12 17:30) [観劇メモ(ヅカ以外)]

原作映画、フェリーニの「8 1/2」で予習しておいたのだが、あの摩訶不思議でメリハリの全くない映画から、よくまあこんなふうに形になるものだと驚いた。

監督と女優たちが映画を撮るメタ構造、がさらに映画を撮ることになってもう一段階メタになってるのが面白い。監督が自分をモデルにすることに決めて、愛人が妻の役をやることで物語が転回。するんだけど、でもやっぱり全体的には不思議な雰囲気で。楽しい! てんじゃなく、ふーむ…って感じ。で、それが心地良い。

芸術家として追いつめられる様子、もうアイディアが枯渇したかもという恐怖、最後は私生活を切り売りするしかない、ってのは、普遍的な話だよね。あと、カトリックの厳しい学校に通っていて、妻以外の女は悪魔だと教えられるけど、海辺のホームレスの女に性的に惹かれる少年時代も、わからんではない。女をとっかえひっかえするのは、親や学校からの抑圧に対する反動。でも、主人公モテモテだからねえ。ヤツに感情移入する人は少ないかも。妻や愛人やミューズが「なんで私だけを、私自身を愛してくれないのよ、あんたは自分の幻想の中にいるだけでしょ」って怒ってるほうに感情移入するかなあ。

主役の松岡充は前(タイタニック初演)より、「演技」するようになってた。なんか小動物みたいでかわいいよね。ミューズ役のかしげ(貴城けい)綺麗だな~、クラシカルな、ザ女優。新妻聖子を初めていいと思った。きちんとした妻の役。なんか、全体的にナイスなキャスティングなんだと思う。愛人役のシルビア・グラブはなぜか、らんとむ(蘭寿とむ)に見えてセクシーシーンで笑ってしまった。今陽子のお母さんは見慣れてるけど、今回はちょっと厳しい役なのが合っててよかった。海辺の娼婦役、浦島りんこはさすがやね。入絵加奈子の役は小さめでもったいない。樹里ぴょん(樹里咲穂)はナレーター的存在。前髪パッツンだから最初リカちゃん(紫吹淳)かと思ったよ。リカちゃんはプロデューサー役なのになぜミニスカ? と思ったらなんと、勘違い白玉さんキャラだった! 客席いじりもあり。やっぱりリカちゃん、おこがましいけどツレちゃん(鳳蘭)路線目指したほうがいいかも。いーちゃんさん(寿ひずる)の低音大好き。リカちゃんとの並びはマジときめく。子役がきれいなボーイソプラノでかわいかった。けど、あのセクシーなシーンの意味わかってるのかな?(笑)

今までのバージョンは女性9人じゃなかったんだね。タイトルの「9」は回想シーンでの主人公の年齢=9歳から来てるらしい。映画のタイトルのプラス1/2でもあるんだよね? きっと。でも、女性9人ってなんか象徴的でいいやん。全員がすごい女優さんたちで、満足。G2の演出でした。

あ、あと、開演アナウンスが面白かったw

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全ツみやげ [ヅカ的近況]

緑豆がヅカにはまりかけたころ、友人知人に「そのうち「俺、ムラ行ってくるから」とか言って一人でムラ行っちゃったりするようになるかもね」って笑われたけど、今ではムラどころじゃなく、「一人で全ツ行ってくるから」になりました。。。

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地元のお菓子に「宝塚雪組公演観劇記念、宝山ホール」ってシールが貼ってある。全ツって、いいよねー。羽根しょってトップさんが降りてきて、「おおおお!!!!」って叫び声があがったから何かと思ったら、ただ羽根しょってること自体に驚いてただけだった、そうな。初心に帰るよねー→昔の記事(って自分の初心は「なんじゃこりゃ」だったけど^^;)

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雪景色(日本青年館 12/5 15:00) [観劇メモ]

谷正純の落語シリーズは、いいね〜。3つのお話のオムニバスで、それぞれ色合いが全然違うのもお得でした。日本ものだからって敬遠してる人がいたら、もったいない。

原作があるからいいのかな。厳密には落語は1つめのお話だけだけど、3つめの平家伝説にしたって、長く言い伝えられてきただけに、筋だけでも面白い。だから、平板な演出しかできない谷でも面白く仕上げられるのかも。そもそも、台詞のやりとりと間だけで見せるほうが、谷には向いてるのかも。

今日の役替わりはAパターンでした。コマ(沙央くらま)が低い声が出るようになってて、演歌のまねごとするのも上手くて、ちょっと驚いた。いいねいいね、その声。チギ(早霧せいな)はやっぱり美しい、典型的なスターさんって感じ。ミミ(舞羽美海)は日本ものの化粧が意外に似合ってなくて残念、でもたたずまいと発声はヒロインらしさがあるよね。

さゆ(大月さゆ)が特別出演みたいな扱いですごい貫禄。ああ、もったいない、トップになってよね。ゆうちゃんさん(汝鳥伶)にソロがあってラッキー。お久しぶりのナガさん(飛鳥裕)、お元気そうでうれしい。しゅーまい(大凪真生)のおばあさん役がすごかった…怪演、夢に出てきそう。がおり(香綾しずる)が歌も芝居も上手かったなあ。りんきら(凛城きら)が発声がダメだった…。彩風咲奈か帆風成海で観たかった。まなはる(真那春人)、酔っぱらいみたいなメイクでリキ入ってて好感、もっと台詞があったらよかったな。透水さらさの幽霊も上手かった。

雪組さん、下級生までなかなか上手な子揃ってるじゃん〜。いや、この公演でより成長したのかもしれん。コマの声しかり。

だってね、こないだの花組の楽でね、退団者のメッセージを組長が読み上げるじゃないですか。思い出の役とか。4人が4人とも、谷作品の「くらわんか」を、すごく勉強になった、あれがあったから今の自分がある、みたいに挙げていたんだよね。ふみかちゃんも、新公の映像見てると、急に上手くなった時期があって、その間なにがあったのかと考えると、「くらわんか」なんですよ。お茶会で「くらわんか=史上最高に大変だった公演」って言ってたけど、それだけ生徒が成長できた公演だったんじゃないかなあ、と。

というわけで、何が言いたいかっつーと、谷正純の落語シリーズは、生徒の成長のためにも今後も続けてほしい、ってことでした。

ちょっと思ったこと。2幕(2つめと3つめのお話)のどちらもが、自己犠牲の話だった。恩人への義理、妹への思いやり、主君への忠誠。それらを貫くために、自分が犠牲になることをいとわない。むしろ、喜びと感じる。。。。美学、とでも言うのかな。そういうの、昔はバカバカしいと思ってたけど、ヅカファンになった今ならわかる。だって、タカラヅカって、タカラヅカ教への忠誠心がなくちゃ成り立たないもん。夢の世界なんて、現実にはあり得ない。だから、それを現実にするためにものすごい努力と細心の注意がいる。休憩時間に、トイレの列に割り込む人がいて、驚いた。美学を保たなくていいんなら、そっちのほうが楽だよね。帰り際に「なんであの人たち死ななくちゃならないの〜?」って話してる人がいて、たしかにそうだよな、と苦笑した。そうだよね、美学を保つのって、端から見りゃバカバカしいよね。

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妹と油揚(SPACE雑遊 12/3 19:00) [観劇メモ(ヅカ以外)]

さららん(月船さらら)の退団後の活動にはわりと好感を持っていたので、でもそのわりに映画とか観てないので、舞台を観に行ってみた。

すげえ面白かった。近親相姦と妖怪の話で、荒唐無稽でホラーでシュールで不条理でコメディで。でもちゃんと盛り上がりどころがあり、ちょっとしたカタルシスもあり。そして、よく考えると真実を突いている。襖を使った舞台転換も上手いし、Hシーンの暗喩も気がきいてるし。

さららんは顔はまるっきり男顔でごついのに、手足は短く(男役としては致命的…)華奢で、胸があり、そのアンバランスさが今は色気につながっている…のか?(笑) 相方の出口結美子は清楚系の顔でとにかく美人、大正ロマンとか似合いそう、なのに背が高くてガタイがいい。これまたアンバランスな色気があるなあ。二人とも、芝居がすごい上手いってわけじゃないんだけども、華があるやね。二人で製作までやっているというから、感心感心。

だって、装置とか音楽とかもいいし、共演者のおじさま達(と言ってたぞ、カーテンコールで)もすごい人たちばかりだ。演技以外の面でも人脈広げてがんばってんだな、と。妖怪役の鴇巣直樹は、元の映画版でも妖怪をやってたそうで、ほんとに妖怪にしか見えん。よろず相談所長の松村武史って私の好きなタイプの役者さんだわ。どっかで見たことあるような。ほぼ主役の寺十吾は唯一まともな人の役で、一番体力いりそうだった(笑)。

色気と華のある、レトロな感じの女優二人が、昭和のエロスっぽいノリ(だよね? だよね?)で自分たちの舞台を製作する。いいことだ、いいことだよ。

だけどなーーー。

なんか、セクハラに思う箇所がいっぱいあったの。すごい面白い芝居なのに、時々、ちくっと嫌な気分になる一瞬があるの。なんでそこで脱ぐの〜? なんでそこでパンチラなの〜? サービスシーンなの? 「ねーちゃんべっぴんさんやなー、ぐへへ」みたいな台詞言われて、なぜ曖昧に微笑む場面が山ほどあるの? ここで描かれている女性って、怪奇とつながっている巫女的なものだけども、なんか「男から見た都合のいい女」っぽく見える。。。エロがあるのは全然賛成なんだけど、それって男の目からみたエロでしかないんじゃないの? 

これが映画だったらちょっと違うのかもな。舞台だと、「今、ここで、みんなで観ている」って空気が大事だもんね。しかも70名しかいない小劇場。最前列にずらり並んだオッサンたち(私たちの好きなヒゲ部のかっこいい男役オッサンじゃなくて、本物のオッサン)は一体どういう目的で来たんだろう…とか思っちゃう。それと、さららんがやってるってのもあるかも。セクハラ的視点がほとんど(全くとは言えないが)無い、タカラヅカというアジールにいた人だからこそ、対比が際立ってしまう。

でも、昭和エロスで売って行くさららんは面白そう。タカラヅカ時代に面白がっていたさららんの暑苦しさが、こんな方向の舞台に結晶するとは思わなかった。これからも楽しみ。

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ラスト プレイ-祈りのように- / Heat on Beat!(東京宝塚劇場 12/1 18:30) [観劇メモ]

クライマックスがどこなのか、ようわからんかった…。

ハリー(正塚晴彦)作品って、事件の解決と、クールだった主人公が熱くなるのとが、一致していることが多いと思うんだけど、今回はいまいち一致していない。

そもそも、記憶喪失ってのが難しいのかなー。記憶喪失の人が記憶を取り戻すのがクライマックスなのか。いやいやいやいや。記憶喪失で「無」になったから、今まで抵抗感があったピアノを再び弾くようになる、そこがクライマックスなのか。いやいやいやいや。相棒が撃たれて死にそうな時に「ピアノを弾いてくれ」って頼んでくる、それで自主的に弾くのがクライマックスなのか。多分そうなんだろうけど…。

それらのクライマックスになりそうなポイントが、事件の流れとは時間的にずれちゃってて、メリハリがないんだよなあ。事件の内容もかなりどうでもいいことで、しかも二度同じことが起こるのも、「なんでいまさら」感がある。

下級生の出番は皆無に近いし。スターさんであるマギー(星条海斗)とみりお(明日海りお)ですら、チョイ役のお医者さんって、どうゆうことよ。

でも、アサコ(瀬奈じゅん)にピアニストってのは、ビンゴ!! って叫びたくなるぐらい、似合う。繊細で、自己犠牲的で、記憶喪失になったときの「いいこいいこ」してあげなくちゃいけない無防備さとか、でも店員やってるときはソツなくて、男らしくもしてたりして。

あーん、着眼点は好きなのになあ。

あ、でも、きりやん(霧矢大夢)が粗野な男の役ってのは、わたし的にはアウトでした。マジメで高貴な人が、無理してやってるように思えてしまう。ジョン卿とか、又七とか、そういうほうが似合う。っていうか、好き。

ほかの人たちも特筆すべきほどの出番がなく。場面場面としては楽しかったけど、ハリー信者としては全然カタルシスが得られないよお。うううう。なんだったんだろう、これ…。

ショーは楽しかった。三木章雄を見なおした。最初のいろんな色の場面も「ダサっ」とは思わず。椅子の場面はチョーかっこよかった、もう一回観たいぐらい。白い風がアサコの周りを吹いていく場面(なんだよね?)も、シンプルな白と背景の光背みたいなやつが統一感あったし。タンゴからアサコ裸足一人踊りの場面も壮絶で。タキシードに白マフラーのアサキリ場面も楽しく。

ちょっとした音楽が好みだったってのもあるかも。椅子場面に至るまでの、アサコが銀橋で歌うIn a Sentimental Moodのクラブ風アレンジや、タキシード白マフラーのきりやんが銀橋で歌うI’ve got you under my skinの70年代風アレンジがすごく面白かった。

男役ダンサーで好みの人がいっぱいいるってのもあるのかなあ? そのか(桐生園加)やマギーはもちろん、研ルイスももちろん、光月るう(今回すごい扱い上がったね)、彩央寿音、美翔かずき、宇月颯、貴千碧、鳳月杏あたりを順繰りに見てたら終わっちゃった、って感じ。下級生的にはアサコの後ろ姿を見て育った、ってことなのかな。

あいあい(城咲あい)、スターとしては今が引き際なのか。かなみ(彩乃かなみ)の後任トップでよかったのになあ。。。

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