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オペラ・ド・マランドロ(東京芸術劇場中ホール 7/30 19:00) [観劇メモ(ヅカ以外)]

ベガーズオペラ(≒三文オペラ)の真意がわかったよ!! ベガーズオペラを観たとき、なんか面白そうなんだけど、本当のところは理解できてないな…と思っていたんだけど、今やっとわかった、オギー(荻田浩一)ありがとう!

注:1728年にイギリス人が書いた「ベガーズ・オペラ」を、1928年にドイツ人のブレヒトが「三文オペラ」にして、さらに1979年にブラジルで改変されたのが「オペラ・ド・マランドロ」。ふ〜。

とりあえず、ブレヒトの目指した演劇が、劇的演劇ではなく叙事的演劇である、エモーショナルなミュージカルを期待したら間違い、ということだけ頭に入れておいた。(叙事的演劇=観客に批判的な思考を促して事件の本質に迫らせようとするもの、だそうです。)

舞台は1941年のブラジル。ヤクザ(マランドロ=ならずもの)や売春婦が住んでるような街で、言ってみれば壮大なジャンケンが行われている。密輸業者(別所哲也)が結婚した女は、売春宿の娘(石川梨華)。売春宿のお父ちゃん(小林勝也)は刑事(石井一孝)に金を貸している。刑事は密輸業者の幼馴染で、元彼女(マルシア)をとられたことがある。元彼女は今は密輸業者の愛人で、例の売春宿につとめている。AはBに強く、BはCに強いが、CはAに強い。大人数でこれをやってて、相手が変わると力関係が変わり、立場が変わると上下関係がガラリと変わる。手下としてこき使っていたやつが、いきなり看守になって自分をいじめにかかったり。トランプの「大貧民」みたい。しかも、力の見せつけ合いはあくまでも脅しであって、それが楽しいコミュニケーションでもあるみたい。(こういうところは日本人の文化ではなかなか理解しにくいところ。)「○○されたくなかったら××しろ」「××するからその前に○○をやめろ」(にらみ合い)。猫の喧嘩か。

壮大なジャンケンが次々繰り返されると、だんだんと、刑事も娼婦もオカマ(田中ロウマ)も密輸業者も、みんなフラットな場所に立ってる、平等な存在なんじゃないかと思えてくる。刑事は賄賂をもらい放題だし、売春宿のお父ちゃんが娼婦たちに「お前たちに労働組合を作ってやろう」などと言いだすし、正義とか法律とか秩序なんて、完全に無視。諧謔の極み。これって、ひとつの希望だ。夢だ。貧しくて、毎日混乱した生活をしてるけど、でも、どうせみんな平等な存在なんじゃないの? 「王様になったらどうする?」と娼婦やマランドロたちが歌うナンバーを聴きながら、なるほど、だから、ベガー(乞食)のオペラなんだ!! と腑に落ちた。

舞台がブラジルに置き換えられているのもいい。なんたって、金。今でも貧富の差が激しいブラジルでは、日本では想像もつかないぐらいお金に露骨らしい。しかも、すごいインフレ。一か月前の2億が、今の200億なんて言われてて、「億」の単位だけで、お金がいかに重要で、同時にいかに馬鹿馬鹿しいものかがわかる。金は、いわばジャンケンの切り札だ。身分制度とか生まれとかと関係なく、金さえあれば、なんでもできる。幸せになれる。それもまた、ある種の平等、夢だよね?

登場人物の設定も、300年以上前の「乞食王」とかよりはわかりやすい。乞食だけどリーダーで裕福って、頭ではわかるけど、実感としてわかんないもん。乞食王は売春宿のお父ちゃん。盗賊は密輸業者。現代でも通用するもんね。

ブラジル、しかも1941年に限定したのもちゃんと意味があることらしい。ブラジルって、途中まではナチス寄りだったのが、最終的には連合国側につくのね。知らなかった。物語が「さてどうなる」ってところで、その劇的な変化が訪れる。みんな平等でフラットな存在、そんな夢を見てたけど、社会全体が大きく揺り動かされてしまう。「大貧民」でいうところの「革命」だ。密輸業者の妻が、組織を合法的な会社にしようとするところも象徴的。「これから時代は変わるんだから、近代的なビルにオフィスを置いて」と語る彼女は明らかに異質で、マランドロの世界をぶっ壊す存在だったのだ。実はヒロインが一番悪いヤツ。その足の下には、牢獄に入った夫がいる。。。

そして最後は。

「持ち前の機知とバイタリティで泳ぎ切ろうとした社会の波間に最後には砕け散る、その立ち行き難い現実の哀れと虚しさを、せめて空々しく笑い飛ばすラストのドンデン返し、またの名を楽屋オチ。それもまた、この物語の遺伝子な気がします。その暴力的な強引さは、せめてそこが最後の夢の在り処だと訴えているかのようです。……この世界の外が。」(パンフのオギーの言葉より) 

なるほど、だから劇中劇なんだ!! 劇中劇であることも、ずっと理解できなかったんだよね。でも、クライマックスで夢破れそうになったとき、「これ、単なる芝居だから」「俺たち、ただの役者だから」と、フラットであること、平等であることをまた示してくれる。芝居が解体した外に、まだ夢があるって思える。しかも、その転換が行われるのが、オカマ役のナンバーだというのもまた象徴的なのだ。男と女の境界をフラットにする存在だから。

ステージングがタカラヅカ時代に見慣れたオギーのショーみたいで、とーーーってもうれしかった。振り付け、DIAMOND☆DOGSの面々やアンサンブルの舞台での居方が、もう、もう、オギーのショーなのよ〜。それに、オギーがこの仕事を引き受けたのは、音楽が好みだからなんじゃないか、と思うぐらい、音楽がオギーっぽくて心地よい。でも、フィナーレで突如登場するサンバチームは不要だと思うなあ。世界観と合わない。

売春宿のお父ちゃん役の小林勝也が上手い! かっこいい! 声がいい! 文学座の人なのか〜。いい人そうなのに、すごく悪賢くて、でも滔々としゃべられるとなんかだまされそうで、いいなあ。東山さんて踊りだけじゃなく、声も渋くて素敵なのね。石川梨華はあまりにもアイドル歌唱で引いたが、この世界とは異質の存在だということがわかったら納得。ハムの人の顔、好きなんです。ハムの人といい、石井さん、マルシア…濃い、濃いなあああ。キャストだけでもう、マランドロの世界だなあ。カリンチョさん(杜けあき)は売春宿のお母ちゃん。ちょっと持ち味が篤実すぎるけど、悪い人設定だから中和されていいのかな。濃いメイクがかっこよかった。アンサンブルに岡本茜(神月茜)がいて、きれかった。

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エリザベート(東京宝塚劇場 7/28 18:30) [観劇メモ]

月組で一体何が起きてるんだろう。エリザベートという作品は一体どうなっちゃったんだろう。

冒頭、ルキーニがルキーニとして成立していないことに驚く。あの人、狂ってない。狂ってるふりをしてるだけ。そりゃ、役者なんだから本当に狂ってたら演技できないんだけど、「ふりをしている」と思わせたらダメだ。ルキーニはいかれた男だけど、それはチャラ男って意味じゃない。まさお(龍真咲)のチャラいキャラは、成長途上の男役としては面白い。チャラ男でキャラ立てしながら、実力をつければいい。今なぜルキーニをやらせなければいけないのか。

シシィが大人の女性じゃない。だからフランツがそんなに求め、重臣たちが「彼女はきれい」と歌い、民衆がその美貌に惹かれる様子が理解できない。カチャ(凪七瑠海)はかわいい。サファイア姫みたいにかわいい。でもそれは子どものかわいらしさだ。男役としてかわいすぎるからといって、じゃあ女役をやってみろと言ったって、子どものかわいらしさなんだから美貌の皇后は無理だ。そのうえ、存在感が薄い。新人公演で主役もやったことがなく、大劇場の空間を一人で埋めたことがない。アサコ(瀬奈じゅん)シシィが大人の女性としてきれいだったかというと疑問だが、でも、タイトルロールとしての存在感は十分だったじゃないか。

なんでこのキャストでやる必要があるんだろう。番手どおりにルキーニをやらせるか、組内の番手を完全に変えるか、適任を連れてくるか、さもなければエリザベートを上演しなければいい。

タカラヅカのエリザベートはキャストのバランスが難しい作品だと思う。本来はシシィが主人公なのに、タカラヅカのスターシステムとラブロマンスを取り込むために、死神がシシィに恋をするというレトリックを拡大解釈している。その結果、ちょっとでもキャストのバランスがおかしいと、矛盾が明らかになってしまう。私は、包み込むようにシシィを愛する麻路トートと、粘着質にシシィをつけまわす水トートが、タカラヅカ的ラブ解釈に叶っているように思えて好きなんだけど、かといってやりすぎると、「生き生きしてるシシィが好きなくせに、なんで死なせたいのか」という矛盾につきあたってしまう。だからこそ、トートとシシィのバランスは言うまでもないし、狂言回しのルキーニは重要な役所でもあるわけだ。

トートの解釈という意味では、アサコトートはシシィを全然愛していなくて、私の好みではなかった。退屈で退屈で、だからちょっとシシィにちょっかい出してみるか、ま、どうでもいいんだけどね、という態度。スカステの新人公演インタビューでみりお(明日海りお)が「トートってあんまりほかの人と絡まないんですよね」と言っていて、納得。そうか…麻路トートも水トートも、しつこくストーカーしてたから、そんなこと全然思わなかったよ…。ただ、存在感は十分あって、孤独で静かにたゆたっている美しい死神だった。だから矛盾は少ない。(一路トートに近いのかも?)シシィのこと退屈しのぎ的には気にかけているし。孤独でさみしいトート…、それはシシィやルキーニが全く力不足なところを一人で孤高に演じなければいけないところからも来ているのかもしれない…。

きりやん(霧矢大夢)フランツは予想通り上手いが、相手役であるシシィがシシィとして成り立っていないから、一人で芝居しているようで、もったいない。

はーあ。

ルドルフはもりえ(青樹泉)。やや田舎くさいが、弱々しい感じは悪くない、かなあ。役代わりのほかの二人はどうなんだろう。

意外によかったのが、あいあい(城咲あい)のゾフィー。ゾフィーって役をやってみたいと初めて思った(できませんがな)。私、とうのたった(悪い言い方でごめんね)娘役がやる女役って好きなんだ。「宮廷で唯一の男」というほどのオバサンには見えないけど、そこがいい。きれいだけど怖い女の人って作りが好み。

しかし、あいあいがゾフィーって、単体ではいいけど番手としては変だよねえ。。。

番手どおりにして、配役を硬直化させろと言ってるわけじゃない。どうしても若手を抜擢しなければいけないなら、れおん(柚希礼音)のときみたいにがらっと変えて宣言してほしい。トウコ(安蘭けい)お披露目で完全二番手格になってたでしょ。でも、今回のエリザは、階段降りはルキーニが3番手格なのに、フィナーレの「闇が広がる」ダンスでは、あひ(遼河はるひ)とそのか(桐生園加)が学年順に3番手、4番手として入ってるわけ。なんじゃそりゃ。たしかに、中堅スターが育ってないというのは同感だけど、だからといって、実力未発達の若手を抜擢しても、逆効果じゃないのか? どうすれば中堅スターを魅力的にするかを考えたほうがいいんじゃないのか?

娘役トップも固定せず、番手も狂わせ、かといって配慮はなく、しなくてもいい特出までさせて、間違ったキャスティングで、過去の名作を無理やり再演する。なんなんだ、これ。何がしたいんだ。

→2007雪組エリザの記事。大劇場東京水トート語り。ゾフィーは女のヒステリックさがほしいとか書いてますね。

ほかのキャストや楽しいツボについては、別記事に。できるといいな。

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Coco(グリーンホール相模大野 7/25 16:00) [観劇メモ(ヅカ以外)]

ツレ様に一生ついていきます!

そう思わせる役者はそうそういない。これ、ツレちゃん(鳳蘭)あってのお芝居だよねえ。自己主張が強く傲慢で横柄、だけどチャーミング、かっこよくて、かわいくて、いいこいいこしてあげたくて、でもむやみに近づいたら怒られそうで。ツレちゃんっていうとフレンドリーでハッピーな印象だけど、ココは声を低めに設定して、男役っぽさも感じさせてました。ココ・シャネルか、鳳蘭か、境目がないぐらいにリアルに目の前にいる、その魅力的な女性! 

引退状態だった70歳のココ・シャネルが、現役復帰しようとする1953年前後の話。時代はディオールが提唱するAラインなんかのニュールックが全盛で、シンプルでマニッシュなシャネルのスタイルは時代遅れと言われている。。。だが、アメリカのバイヤーがシャネルに味方した!

という話を作ったのは、1969年のアメリカ。んも〜、んも〜、フェミ魂にがんがん来る話なんだ、これ。70年代ウーマンリブの時代に突入しようとした頃の作品だって知って、納得。シャネルの人生に登場した様々な男たちが、回想シーンで現われるんだけど、その一人一人を私はぶん殴ってやりたくなった。「子どもがほしいな〜、子どもはいいよ〜」とかって、お前の自己満足だろ、っつーの。「化粧はするな、髪を切るな、香水つけるな」って、いちいち指図すんなっつーの! 「仕事するな、家にいろ」って、お前は何様のつもりなんだっつーの!

身勝手な男どもを、手玉にとりつつ、愛しつつ、シャネルはやっぱり仕事を選ぶ。貧しく生まれたシャネルには、結婚して不自由な奥さまになるよりも、働いてお金と名声と自由を得るほうが、幸せだってわかっていたからだ。今の我々はこういう女性たちの苦労の上に生きているのだよ。ほんとに。働いて、好きなもの買って、一人でぷらぷら観劇しに出かけられるのは、彼女らのおかげ。パンツスーツ着て、ジャージ着て、ショートカットにして、イミテーションのパールつけて、これみんな、シャネルのおかげ。

そんなすごいシャネル様が主人公なので、どうしてもツレちゃんの比重が重く、ほかの役の比重が軽くなる。仕方がないんだけど、ちょっと残念。岡っち(岡幸二郎)はアシスタントデザイナー。すっごくあくの強い役で、ばっちりアピールしてくれたけど。鈴木綜馬はツレちゃんを支える会計士。愛人と妻を同時に愛するダンディなフランス紳士なんだけど、やっぱり書き込みが少ない役だよねー。今陽子はシャネルのアシスタント。娘が次々とダメ男(毎回違う)の子どもを産むのを電話で心配している、という設定が面白い。このあたりも、フェミっぽい。ノエル(湖月わたる)の恋人に大澄賢也。これまた踊らなくてもったいない。まあ、悪い印象を与える役なので、賢也ぐらい名があってチャーミングなほうが、中和されていいのかなあ。

で、ワタル(湖月わたる)のノエル。シャネルが惚れこんで後継者にと思った若いモデル。ヅカファンは、ツレちゃんがワタルのことかわいがってるってことを知ってるから、膨らませて観ることができるけど、そうでない人には納得いかない部分もあるのでは。シャネルがなぜそんなにノエルに入れ込むのかが、わからない。ま、長身でモデル体形ってのはあるけど。。。仕事の面でも何かすごい才能があったの? そして、ラスト。なぜノエルがその行動をとるのかがわからない。もっと悩んでいる様子を描いた場面が必要だと思う。だって、ノエルのその行動は、フェミ文脈から出てきたと思うから。シャネルのようなすごい女性が、女性の権利の地平を広げてくれたけど、そうできない女性もたくさんいたんだよ。。。そういう意味でしょ? 

ツレ様の体力さえあれば、是非(ノエルの場面追加のうえ)再演していただきたい舞台でした。

**
ところで。出待ちをしましたところ、ワタルのファンの皆様はスクワットのガード。ツレちゃんのファンの皆様は、わやわやっとツレちゃんを取り囲んで歩いていく。現役時代の出待ちのルールがそのまま続いているんだろうなあ。よっちゃんの出待ちを見ることができたら、もっと古い形が残されてるんだろうか??

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こだわりアラカルトの楽しみかた [ヅカ的近況]

「わたしがはまった瞬間」に投稿するの忘れてた! いいネタあったのに…

『テンペスト』の嵐の場面。
「ワタルさんが転がるあの床になりたいと思いました」by緑豆

こだわりアラカルトはコメントが大事。いかにイタいコメントかを競うもの(違)。だから今回のようなお題はまさにコメント祭りじゃん。

なのに「華やかな場面で感動しました」とか、タカラヅカ全体の話は物足りないなあ~。もっと「私ってこんなにイタいんです」「○○さんがこんなに好きな私ってちょっとバカ」って話が聞きた~い。互いに「あたしたち、バカよね~」って思いあいたい!

『プロヴァンスの碧い空』のチョーカーはずしの場面。
「こんな世界を知ってしまったら、もうシャバには戻れない!と思いました」by竜眼

イタすぎて採用されないか(^_^;)

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短冊にこめる思い [ヅカ的近況]

「100周年、200周年と、宝塚が続きますように」

ってなこと書いてたよね、マメ(日向燦)。ミーマイのとき、ロビーに飾ってあった七夕の短冊。退団ってなんだよ、あんたが100周年にいなくて、どうするよ!!!

そりゃ、安尾さんの役付きがよくないのは悲しいけど、すっちーの芸も好きなんだよ。それとこれとは別問題なの。大阪のおばちゃんの真似とか、すごい好き。すっちーに活躍して、座長にだってなってもらいたいんだよ。すっちー座長で、そこに安尾さん出演なんて、むしろ大歓迎なわけ。

…マメは芸人にでもなるんだろうか。でも、また下積みからだよ? 今、こんなにポジションが確立されてるのに。いやっ、司会者にでもなるのかなっ? うん、外でもやっていける押し出しがあるもんね。でも、でもでも、タカラヅカを愛しているんでしょ? 200年続いてほしいんでしょ? そんな人が、辞めるって、なんでなんやー。

話を短冊に戻して。

役になりきって書いてあるのはもちろん面白かったけど、「世界平和」とか「争いのない世界になりますように」ってのがけっこうあったのがうれしかった。そういう美しき建前が生きている、それがタカラヅカじゃありませんか。自己責任だのなんだの言って人を貶めて、戦争させようという世の中、当たり前の建前を言えるのがタカラヅカじゃありませんか。それと、「健康で舞台に立てますように」「楽しく舞台をつとめられますように」っていうのも多かった。基本だよね。でも、その基本が難しいんだ。美しき建前を貫くのがきっと難しいんだ。

「宝塚がいつまでもとけない魔法でありますように」

…ふみかちゃんは、宝塚が、とけてしまうかもしれない魔法だって、知っている。ワタル(湖月わたる)が言ってた「みんなで魔法をかけあっている」って。

で、ふみかちゃん(紫峰七海)の役名は「村人」ですよ。ほかのみなさまもひどい配役なんですよ。上級生男役が女役だし、路線娘役すら酒場の女だし。植田紳爾に殺意を感じる。植田を恨むみなさんの気持ちを、頭では理解してたけど、今初めて実感した。ぐらんど、あもおおれええええ、ぐさっ。(「ベルばらだとテンション下がるでしょ、わかる、わかるー」と、で慰めてもらったけどさ…。欠かさず観てたキタロウくん(緒月遠麻)の新公も「ベルばらだから」と観なかった男に…。)

美しき建前が守られますように。タカラヅカを愛する生徒さんが、毎日幸せな気分で舞台に立てますように。

私が短冊に書くとしたら、きっと、こんなことだな。

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ミーマイの疑問 まとめ [観劇メモ]

花組版『ME AND MY GIRL』も、この連休で千秋楽。あっというまだね〜。じいちゃんチェックで忙しくて、マメ&さあやのアドリブとか、全然見れてなかったしなあ。フィナーレの青タキシードのふみかちゃん、じいちゃんから一転してかっこよすぎ、何度でも観たかったしなあ。短すぎるよー。

今までの記事をまとめました。(わかんないとこもそのまま)

<貴族制度>

・ビルの名前が「ウィリアム・スナイブスン」ってなってるけど、ヘアフォードさんじゃないの? パーチェスターに言われる名前はどうしてあんなに長いの?
・ヘアフォード家の人たちって、苗字いろいろだけど、どうしてそれで同じ家なの?
・マリアとジャッキーが今回は親子! なのに苗字が違うのは何故?


→「ヘアフォード伯爵」は領地を示しているんですね。それ以外にもたーくさん名前がある。『爵位を表す呼称(Lordなど)・ファースト・ネイム・近い先祖に因む名前・遠い先祖に因む名前・一族伝来の名前・基本の苗字・別の苗字(母方の格式が同等か上回る場合など)・オブ・所領の地名』がフルネームだそうです。パーチェスターが長々と言うのは、これなんですね。(http://www003.upp.so-net.ne.jp/detective_story/memo/memo08_aristocrat.htm

・上院でなんでスピーチするの?

→イギリスの上院って、貴族だけで構成されてんだね。かなり形骸化してるとか。。。

・先祖が怖い人ばっかりなんだけど…

→日本のお公家さんは武士じゃないからぴんとこないけど、ヨーロッパの貴族は基本、軍人。軍功をあげることが、高貴な身に伴う義務なのだそうだ。

・トマスとかシモンとかの先祖って、実在? モデルがいる?

→シモン・ド・ヘアフォードはシモン・ド・モンフォールらしい。(http://ryutoan.blog59.fc2.com/blog-entry-218.html

・祖先の貴族にもいろいろな格好があるんだなあ。ふーふーしてる人は何をしてるの? 詳しい人なら服装でいつの時代のなんの人ってわかるのかな。

・ジャッキーとジェラルドがマリアの姪と甥ってことは、いとこ同士? ビルもだよね? いとこ同士の結婚はOKってことよね?

・サリーは話し方を変えるだけで上流階級の仲間入りできんの? それは女性だから? せいぜい中流階級(金持ち商人とか)ってとこ?

・今も貴族ってこんな暮らししてるの?


→第一次大戦前後に、税金の仕組みが変わったりして、貴族は贅沢な暮らしをほとんどできなくなってしまったとか。今は平民と同じような暮らしをしている貴族もたくさんいるそうです。

<貴族のおうち>

・メイフェアってどこ?

→ロンドンの高級住宅地の象徴。

・じゃあ、メイフェアとランベスの位置関係は? 

→なんと、メイフェアとランベスは直線距離で3キロしか離れてない! えええええ。てっきり、田園調布と浅草ぐらい離れてるのかと思ってたよ。よく考えたら、本郷と谷中だって、坂ひとつ隔ててるだけだけど、山の手と下町だもんねえ。

・なんで家の中に若者がテニスしに来てるの? 開放してるの? ロンドンのメイフェアって、いくら貴族だからってそんな広大な土地持ってないよね?

→舞台中のヘアフォード家のお屋敷って、メイフェアにあるわけじゃなくて、田舎の、いわゆるカントリーハウスってやつらしい。冒頭に「週末にヘアフォードに行こう、ロンドンは退屈」って歌ってるもんね。

となると、「ランベスウォーク」で「メイフェアの歩き方ができない」って言ってるのは、メイフェア=上流階級って意味なんだね。

<貴族の暮らし>

・なんで家の中に株の仲買人がいるの?

→貴族は働かない。地代で暮らしてる。そのおかねを運用してくれるのが、株の仲買人。

でも、貴族と同じくらいお金持ちの商人がいて、ジェラルドはそういう人たちから借金している。彼らは貴族に憧れているから、貴族にお金を貸すことを名誉だと思っている。

ジャッキーにしてみれば、そういう金持ちと結婚するのも選択肢の一つなのかも。だから、ジャッキーと仲買い人のダンスがあるわけだ。

・パーティに来た組み合わせと、ディナーに向かう組み合わせが違うのは、ランベスウォークで盛り上がったから?

→ディナーはまた別の組み合わせが決められてて、その組み合わせでディナーの部屋に向かって、隣あって食べるんだって。決めるのは主催者。ということは、マリアは自らビルとカップリングしたんだ。

・ジャスパー卿は侯爵夫人のお友達で、親戚じゃない? なのに家族扱いって変じゃない?

→『マイフェアレディ』のピカリング大佐(ジョン卿の台詞にも「友達のピカリング大佐」って出て来る)みたいに、上流階級同士の連帯感で、おうちに居続けることは、よくあることだったらしい。

・ところで…ジャスパー卿のあれ、あんなんで本当に補聴器なの?

→そうらしい。でも、当時としても古い形だったみたいですね。(http://home.a01.itscom.net/tcoh/history.htm#%E8%A3%9C%E8%81%B4%E5%99%A8%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2

・どうしてバターズビー卿はアル中で、ジャスパー卿はボケてて、ジェラルドは間抜けで、ジャッキーはイケイケで品がないんだろう。

→貴族って…、アホばっか、ってこと!? ってことは、このミュージカル、ひょっとして庶民が貴族をシニカルに見てるお話なんじゃ???

<召使たち>

・かぼちゃのスープを持ってるメイドは、なぜビルに答えないんだろう。

→単なる使用人は貴族と口を聞いてはいけないんだって。執事とチーフメイドだけが貴族とお話できる。ランベスウォークで一番最後まで踊らないのは、マリアとジョン卿と、あと執事とチーフメイド。中間管理職的な立場上、踊らないようにしてるんだろうね。

<下層階級>

・「俺と、俺の女の子」って、女は所有物じゃないぞー。

→当時の下層階級の考え方なら、15歳ぐらいで同棲して、彼女が別の男としゃべっただけで怒るのは、よくあることなのだそうだ…。

安宿で10代の少年少女が乱交パーティのようになっていたり、少女は売春、少年は盗み、学校に行くのはよほど恵まれた子たち、、、という話が載っている本→『ロンドン路地裏の生活誌』(ヘンリー・メイヒュー 原書房)ビクトリア朝時代だから、ミーマイよりは前の時代だけども。

でも、ビルは字が読める! ボブも字が書ける! サリーは学校に行ってた! 

・ビルやサリーは、マイフェアレディのイライザみたいに、コックニー訛りってことなの?

→ロンドン版CDで、ちゃんと「えい」の発音を「あい」って言ってるのが聞き取れました。(例:take=たいく)特にランベスウォークにはそういう単語が多用されてる! 

・ランベスの街角でなにか冊子を配ってるのはなに?

<豆知識>

・「顔以外をひっぱたけば」というビルのアドバイスどおり、ジャッキーとジェラルドが、袖にひっこんで、ぱしぱし叩く音がしたあと、あっというまにくっつく理由がわからない

→なななんと、欧米ではお尻ペンペンがセクシーなことだとか!?「スパンキング」というそうです。この単語で検索すると、エッチなサイトがヒットするので注意。全く思いもしませんでした。私ってウブだわ〜(笑) ってことは、「ジャッキーが僕と苦労を共にしてくれるって」ってセリフ、苦労=SM的な意味!?

・LAMB&FLAGって? 羊肉と…?? お店の看板に書いてあった。

→イギリスのパブの伝統的な看板だそうで。元々は、旗をかつぐ子羊の絵柄でイエスキリストを表しているのだそうだ。

・「ある植民地の女のために退位した国王様」って誰?

→エドワード8世のことか。1936年、アメリカ人と結婚するために一年足らずで退位。しかし、アメリカはもうとっくに独立してるのにね(笑)

・「雌豚の耳から絹の財布を作る」って、ことわざ?

→You can't make a silk purse out of a sow's ear.「悪い素材からよいものを作ることはできない」ということだそうです。日本のことわざだと何だろうなあ?

・「太陽の黒点のせいかもしれん」って台詞、唐突じゃない?

→1934年にアルゼンチンの経済学者が「太陽と経済の関係」という論文を発表したそうです。(http://moneykit.net/from/topics/topics06_03.html)黒点が経済に影響するって、有名? 緑豆は「知ってるよー、有名じゃん」って言ってたけど、それはあんたが商学部出身だからじゃ?

<作品について>

・作曲・作詞家のキャリアは? ほかに有名な曲は?

→ジャズのスタンダードナンバーとかになってるのは無いみたい。

・なんでだいぶたってから再演したの? 

→作曲家の息子が再演をプロデュース。脚本が残っておらず苦労したらしい。

http://www.musicpenclub.com/talk-200805.html
http://www.musicpenclub.com/talk-200806.html

初演のヴィクトリアパレス劇場って、メイフェアとランベスの中間地点ぐらいにあるんだね。

・初演は1937年。ヒギンズ教授のことが出てくるけど、『マイフェアレディ』の初演は1956年。おかしくない? 

→帝劇のパンフによると、1985年の再演で付け加えられたそうだ。ただ、原作のバーナード・ショー『ピグマリオン』の初演は1913年で、1938年映画化だから、言わなくても「発音を直す」と言えば、ああ、あれね、ってわかったのかも?

なんと、『マイフェアレディ』は「メイフェアレディ」の訛った言い方をかけているんだって!

・ランベスウォークって、正直、、、かっこわるくない?

→当時、ランベスウォークがすごく流行って、バッキンガム宮殿を行進したり、反ナチ映画にも登場したとか。参考になります→http://platea.jugem.jp/?cid=11 今のランベスの街はミーマイで街起こししてるそうです。

***

その他の参考文献
『イギリス貴族』(山田勝 創元社 1994)
『イギリス貴族』(小林章夫 講談社新書 1991)
『講座『マイ・フェア・レディ』—オードリーと学ぼう、英語と英国社会』(米倉綽(編) 英潮社 2005)←この本、面白かった!
ほかにも、「一度ハートを失ったら」の意味などは→Blue Fountainさん
マリアとジャッキーの関係については→健全な夜のおたのしみを求めてさん

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ME AND MY GIRL 役替わりの感想やアドリブなどなど [観劇メモ]

みわっち(愛音羽麗)は文芸の香りがする芝居、壮さん(壮一帆)は形の芝居。だから、みわっちがジョン卿で、壮さんがジャッキーの、Bパターンのほうが合ってると思うなあ。あと、壮ジャッキーは野心があってちょっと悪い人だからいい。これに色気が加わるといいんだが。

ジャッキーって、色気もあって、押し出しも強くて、野心もあって、のすべてを兼ね備えてないといけないから、難しいんだね。娘役だと上品すぎるし。タカラヅカの男役/娘役のカテゴリーだと合う人がなかなかいないんじゃなかろうか。歴代のジャッキーはどうだったんだろう。昔は女役でも大きな役が与えられていたと聞くから、その時代なら容易だったのだろうか?

まとぶん(真飛聖)ビル、寅さん入ってる? はしたないことをして周りが引いてるのに、さらにやっちゃうかわいらしさ。そして、一途で純情!

京マリアは少女の面影があるように思う。恋する乙女。オギーが「少女のまま母になってしまったってイメージ」って言ってたけど、卓見だ。マリアは、お兄さんのことがけっこう好きだったんじゃないの、だから、ビルとサリーを引き離したいんじゃないのかと思っちゃう。そんな乙女ちっくなマリアだから、ジョン卿と心が通う場面はこっちもときめいちゃうよ。

以下、箇条書きで。→疑問点はこちらに移しました(http://pt-omoitsuki.blog.so-net.ne.jp/2009-07-18

・ジャッキーがマリアの娘になってた!! なのに名字は違う。やっぱりイギリスの貴族制度がよくわかんないよー。
・全体的に台詞がいろいろ変わってるね。「お嬢様にシャンパンを」→「お嬢様に新しいワインを」、「恋をしたことがあるかね?」→「女に惚れたことがあるかね?」、「バラ園を歩いて頭を冷やす」→「バラ園を歩いて冷静になる」、等々。
・バターズビー夫人(初姫さあや)、台所でバイトしてるんですか!?
・メイドがチーフメイドに指を見せているのは、清潔かどうかの検査なのね?
・ランベスから来た女の子たちの帽子、イライザっぽいね。
・本に木の模型が入ってるけど、あれが系図なの?
・サリーは歴史を知らないふりをわざとしてるのかなあ?
・乞食が果物を盗もうとしてる。でもボブはたしなめて、警官が乞食を捕まえようとするときはかばってる。日替わりなのかな? ここ。
・ブラウン夫人がもらって喜ぶ5ポンド紙幣。でも、ジョン卿からしたらたいしたことない。イライザのお父さんもヒギンズ教授から5ポンドもらってた!!
・道端に座って布を売ってるよ! 春花きららちゃん。ロビーの短冊に「布が売れますように」って書いてあった。。。千秋楽には買ってあげて〜〜。

<以下、ジャスパー卿の小芝居メモ>
・ビルがやってきたとき、補聴器から息ふきかけられて、「遊んでもらった〜」って顔しててかわいい。
・二幕冒頭のパーチェスターとのお茶場面。「わーい、ケーキだー、どこから食べようかなー、…あっ、体型が気になる…やっぱヤメ…」って動作をしてる。千秋楽にケーキを食べたりしないかな。しないだろうな(真面目だからな…ふみかちゃん…)。
・サリーに「ランベスウォーク覚えたよ」と踊ってみせて、サリーに「ばっちぐー」と言ってもらったり、「ちょっと違うー」って言われたりしてる。日替わりなのね。
・図書室でビルのマントにさらわれちゃうところの台詞は、「わしは目も悪くなったのかー」、「わしのよだれがアーミンにー」、(ビルのいないいないばあ、をふまえて)「いないいないいないー」を確認しました。

・フィナーレの青タキシードのダンスで、ふみかちゃんダンス上手いじゃん! と、初めて思った!!!!!! 

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ME AND MY GIRL(梅田芸術劇場 7/11 16:30) [観劇メモ]

まとぶん(真飛聖)ビルは、下町の、陽気でかわいくて、品のない青年(将来おっちゃん)。でも全然OK。そもそも、セリフが前回の月組と少し違う? 上院でのスピーチ練習の冒頭、「貴族のみなさん、貴金属のみなさん、自己満足のみなさん」って言ってたところが、「坊ちゃん、嬢ちゃん、よってらっしゃい見てらっしゃい」みたいな言い方になってるよね? ひょっとして今回、下層階級の行商人っぽさを、強調しようとしてる? いや、単に自分が勉強したからそう思うだけなのか? 貴族との差が出て、これはこれでいいと思うな。

ただ、緩急の「緩」がないのが残念。まやさん(未沙のえる)がすごいのは、緩急の「緩」があるところだと思うんだよね。って、まやさんと比べたら誰だって…なんだけど。

でね。あやね(桜乃彩音)サリーが意外によかったのよ! 高貴な持ち味だから絶対合わないと思ってたけど、そうではなくて、女役的な持ち味なのかな。はったりがきくというか。下層階級ゆえに自立せざるを得ない、小さい頃から働いて、15歳ぐらいで同棲相手を決めちゃう、そんな背景がしっかり見えて、よかった。

それになんと言っても、歌が上手くなってる(驚)。クリスティーヌ役でトップ就任するとき、お正月のインタビューで竹下さんが「天使の歌声ですが」って聞いたら、理事長「特訓せなあかん」って言ってたよ。それを思うと、すごい進歩だ……。

壮さん(壮一帆)のジョンは予想どおり嫌みでお茶目な感じが素敵。京(京三紗)マリアは年相応。ロンドン版のCDもこんな歌声だったな。みわっち(愛音羽麗)ジェラルドは楽勝でしょう。まあくん(朝夏まなと)ジャッキーは素直すぎてちょっとつまらないかも。オカマ風味はいいんだけど。もうちょっと悪い人であってほしいなあ、ジャッキー。はっちさん(夏美よう)のへザーセットは鉄面皮なのが逆に面白い。ふみかちゃんジャスパー卿(紫峰七海)は長毛の猫みたい。くしゃーっと笑うのが、なでなでしたくなる、無垢でかわいい。一家に一匹。マメ(日向燦)のバターズビー卿、あんな赤ら顔、タカラヅカでありなのか…、感心。ああいうおじさんいるよね。紳士ぽいんだけど、酔っぱらい。

まとぶビルに引っ張られて、全体にドタバタっぽいけど、階級の違いがよく出ていて、自分的には予習の成果があったような気がした初見でした。

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フィフティ・フィフティ(宝塚バウホール 7/11 11:00) [観劇メモ]

石田昌也の余興の才能は買う。TCAスペシャルも石田が演出してる余興大会みたいなのが何より面白かった。ディナーショーとかさ。宛書きというか、ジェンヌを面白く使うことにかけては、腕を発揮する人だと思う。

かっこいい男役、なのに舞台は田舎町。牛がモーモー鳴き、人々はみなズーズー弁。プレイボーイがそこに連れてこられちゃうあり得なさ、ギャップ。随所にちりばめられたお遊び場面。たしかに何度も笑った。主役二人のみならず、どの人も上手くいじられてて、魅力的。

けどなあ。いわゆる改心ものなんです。素朴な人や世界にふれて、改心する。石田作品だと、『再会』とか、『長い春の果てに』とか。タカラヅカにはよくあるのかな。『ガイズ&ドールズ』に続いて『長い春…』、さらに『シニョール・ドンファン』…もう改心ものは勘弁! と叫んだ過去を思い出しちゃうわ。ま、それはともかく。石田の芝居はセリフがいちいち説教くさいのよ。今回、それがものすごく目について、耐えられんかった。「人生とは…」「幸せとは…」そんな直接的な言い方されると白けるよ! 「わー、逃げ出したい!」って何度も思ったよ。もっとこう、さらっとしのばせるようなセリフは書けないのか。

特に、虐待を受けた人、ひきこもりの人、には、むかっとする部分もあるのでは。根っこには善良なテーマがあるからいいけど、言葉尻だけとらえると、うるさい! って思う。子供を殺した母親が遺体を捨てずに置いておくのはなぜか? 愛? 馬鹿な。見つかるのが怖いからじゃん。もしくはいじめる対象への執着。執着を、「母親だから」と愛にすり替えるなんて、許されないよ。

私が唯一好感持てた教訓セリフは「他人のミスを許そう、自分のミスを許してもらうために」です。いつもそうしてるもん、えへ。

ところで、軽犯罪者の更生を村全体で行うって、初めて聞いたけど、日本でもやろうとしてるんだね〜(「PFI」って歌ってたような気がするけど、PFIは民営化全般のこと??)。主役二人が一応法的には罪人なので、そこをどうするのかと思いながら観ていたけど、コメディ路線を貫きつつ、ちゃんと法的にも問題なくしていたのは感心。まじめに罪を償っちゃうと、面白かったのがしらけちゃうし、かといって説教くさい話なのに罪人が逃げ続けてたら矛盾してるしね。

めおちゃん(真野すがた)はダンスとラブシーンにりかちゃん入ってて、ドキドキする。みつる(華形ひかる)は逆に素で少年みたいなのがいい。二人の使い分けはさすが石田。まりんちゃん(悠真倫)の役所は定番で、お笑い場面を何個も任されていて大変だと思った。石田、頼りすぎ。きらり(華耀きらり)、カウガールの格好で「あたい」って言うのがかわいい。おいしい役だし、感情移入する。「一度でいいから、あたいをぎゅっと抱きしめてよ」って、たまらん。白華れみも悪くないね、みつるに訴えかけるところは泣かせる。あまちゃき(天咲千華)が思ってたよりぜんぜんいい。芝居もうまいし、素顔から考えられないぐらい(笑)かわいい。だいもん(望海風斗)も芝居が上手くて好き。ずーずー弁も、芝居がうまくないとちゃんとしゃべれないんだね。らいらい(夕霧らい)のめがね! たそ(天真みちる)の髭! 銀華水の女装! 

そういえば。「被害者がセクハラって思えばセクハラなんだよ」ってセリフがあった。学習しているじゃん、石田! じゃあねえ、紫陽レネちゃんにくねくねさせて「飯とか・ら・だ」って言わせるのは、女性全体に対するセクハラだと思います。上手いんだから、ほかのことに使えっつーの。

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ちなみにこれ、ポメラで書いた初めての記事でしたっ
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ミーマイ最大の疑問 [観劇メモ]

ジャッキーとジェラルドがくっつく理由。ビルに、ジャッキーの顔以外をひっぱたいて来いとアドバイスされ、袖にジェラルドがひっこむと、ジャッキーのセクシーな声が聞こえる。

お尻ペンペン? →そんなにセクシーなことじゃないよね?

とにかく殴った?→やっぱりセクシーじゃない。そんなんで女が態度変えるなんて、笑えない。

エッチなこと?→にしては短時間すぎ。

なななんと、イギリスではお尻ペンペンがセクシーなことだとか!? 全く思いもしませんでした。私ってウブだわ~(笑)

ってことは、「ジャッキーが僕と苦労を共にしてくれるって」ってセリフ、苦労=SM的な意味!?

帰ったら調べます。フィフティフィフティとミーマイ観て来ま~す!

→疑問まとめ記事はこちら(http://pt-omoitsuki.blog.so-net.ne.jp/2009-07-18
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