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オグリ予習中 [ヅカ的近況]

近藤ようこの漫画を読んだ時点でとまっていたが、歌舞伎や文楽が好きな友人にオグリの話をしたら、いろいろ教えてもらって、ちょっとやる気になってきた。しかも、オグリ見てくれるという。ううっ、ありがと〜。

近藤ようこの漫画は、もとの説教節にかなり忠実らしい。漫画としては淡々としているけど、そこが味なのかも。

歌舞伎や文楽でもいっぱい、いろ〜んなバージョンがあるらしい。明治時代の絵本(大人向け)を検索してみると、歌舞伎みたいな格好の小栗判官が登場するのがたくさんあって、ちょっとずつお話が違う。

…大人気なんだね、小栗判官。

みんなの心にぐっとくる話なのか、そうかそうか…。

たとえば、病んだ人間が熊野の湯につかれば回復するという。救い。熊野信仰。(熊野信仰を広めるためにできたお話だという説も?)

たとえば、関東から熊野まで、えんえん旅をするという、道中記。

たとえば、高貴な人がみすぼらしい姿になってしまうが、最後、ババーンと美しく復活して、みんなを驚かせる。(⇒みすぼらしく台車に乗ってる姿を、タカラヅカでは一体どうやるんだろう……)

そのうえ、悪党ども(ふみかちゃん)に復讐を果たす。やんややんや。

私が一番ツボなのが、お互い両想いなのに、名乗らないってやつ。餓鬼病みになり変わり果てた小栗と、そうとは知らずその車をひく健気な照手姫。ああ、この二人は夫婦なのに、そうとは知らず再会したのだ。よよよ。(このパターン、日本ものでよく見かけるので、何かネーミングしたいのだが…。あっ、『テンペスト』もそうだ、日本ものじゃないけど。)

小栗が荒々しく傲慢な性格だというのも、神々しくてかっこいいのかな? (⇒タカラヅカの王子様やダンディな紳士とは違うと思うのだけれども。)

照手姫が死んだ小栗に操をたてて、絶対に遊女にならないってのも、感心しどころなのよね、きっと。そのうえ、16人ぶん働く(もちろん、神のご加護あってそれだけの仕事をこなせるんだけど)ってのも、勤勉さをアピールしつつ、神に守られた美しいお姫様ということで、感心感心。

車をひく道中の安全のために、狂女のふりをした照手姫の格好も、きっと、サイケでパンクで、凛々しくて、美しいんだろうなあ。

で、最後に、復活した小栗が遊女屋に、そうとは名乗らず訪れて照手姫を驚かすシーン。いかにもだな〜。最大の見せ場なんだろうな〜。

あっ、そうそう、馬を使うのも、歌舞伎では見せ場なんだね。昔の本の表紙では、たいてい馬が囲碁の盤の上に4本の足を乗せてる図が使われてるし。「馬の足の人冥利につきるのでは」とは、その友人の弁。(⇒キムシンはどう演出するんだろう。まさか下級生が馬の足やるわけ、ない、よ、ね??)

さて、今読んでいるのは梅原猛のスーパー歌舞伎用の脚本。16人分は働いてなかったり、ちょっと現実的になってます。

何より面白いのが、小栗が理想の妻を求めて次々妻を替えたことを、「ロマンの病」と定義していること。照手姫にも、夫に操を立てるのは単に自分の中の美に忠実であっただけだ、というようなことを言わせている。ほほ〜。キムシンが好きそうやなぁぁ。

次は、友人に教えてもらった折口信夫の論文を読む、予定。

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人間の子がスターに登り詰めた 安蘭けい [ヅカ的近況]

ここのところずっと、お風呂で聴くCDは「ARAN Kei Single Collection 1996〜2008」だったのだけれど、さすがに4/26の夜は、今までどおり聴く気にはならなかった。だって、もう男役のトウコはいないんだもんよ。平然とは聴けないよなぁ。「ちょうど今頃、フェアウェルが終わったころかしら」とか思いながら無音でお風呂に入った。ヅカファンはいつだって、観てもいない公演を、まるで観たかのように身近に感じているのだ。不思議なもんだ。

オサ(春野寿美礼)やコムちゃん(朝海ひかる)は、神様に選ばれた人で、それまではぽやーっと生きていたのが、舞台に立って初めて神様に与えられた使命に気がついた、というふうなタイプのスターさんだと思う。

一方、トウコは、生まれた時から人前で何かをするのが好きな子どもだったんじゃないかというような、スターさん扱いされることと人格形成が同じ意味であったような、人間らしいスターさんだ。ある意味、スターらしいスター。だって、スターはみんなが作り出すものだもの。もちろん、神様に選ばれた人ではあるんだけど、神の子ではなく、人間の子がスターに登り詰めた。そんな印象がある。

だから、舞台では余裕のエンターテイナーでも、オフではどこか放っておけないようなところがあって。ファンの人はうっとりしたりハラハラしたり、すごく忙しそう。でも、お互いに支え合っているような、私が思い描く、スターらしいスターとファンらしいファン、それを具現化してるように見えたんだ。

千秋楽、みなさんの報告を読んでいるとすごく楽しそうで。いいな〜、無理してでも中継行けばよかったかな、いやいや、ファンのみなさんにチケットが巡ることを優先しなければ。ファンがキャーキャー叫ぶの、自分も5年前やったけど、みんなで一斉に「トウコさん愛してる」って言わせるなんて、さすがトウコだ。リカちゃんには無理だわな^^;)

最初の仕事は噂どうりアイーダだそうで。私としては是非、吉本新喜劇に登場……っていうのはさすがに無理だろうけど、せめて、心の師匠池乃めだかさんとの共演を心待ちにしています。

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えっ、アイーダって王家の再演なわけ!? やった! 王家大好き!
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Missing Boys(赤坂ACTシアター 4/22 19:00) [観劇メモ(ヅカ以外)]

ミュージカルかと思ってたら、そうじゃなかった。がっかり。…じゃあ、なんなんだろう? コンサート? いやいや、コンサートなら芝居場面は不要だろう。じゃあ、ショーなの? そのわりにはスピーディさに欠けるし。
 
尾崎豊の楽曲を使ったカタログミュージカル、一体どんなものになるんだろう。バンドのボーカリスト(早乙女太一)が、金儲けプロデューサー(やべきょうすけ)に誘われてメジャーデビューするが、汚い大人社会に直面し…だけど金儲けプロデューサーの視界に入ってくる幻の若者が、じつは彼自身の若い頃の姿なのではないか…、それこそがMissing Boys…

あらすじはイイ感じ。どの曲をどの場面で使うんだろう、わくわく、と思っていたのになあ。

芝居! 芝居! 芝居! 芝居がないがしろにされてるんじゃ意味がない! 架空のはずの人物が、舞台の上で息づいて、心が動かされ、感情の発露として歌がある。それがミュージカルでしょう。

なのに、芝居場面が少なすぎるし、アンサンブルのちょっとしたセリフが下手すぎるし、数少ない芝居場面と歌とのつながりが変。突然歌に変わる。歌のほうが圧倒的にテンション高い(歌手の人が多いんだろう)。しかも、突然マイクを持つの。それはいくらなんでも変すぎるよ〜。感きわまってマイク持っちゃうって、コメディならともかく、あり得ない。

ショーならショーでいいんだけど、それならなおさら、ひとつひとつの芝居場面の完成度が高くないと。芝居は芝居として完成させて、切り替えて歌になる。そのメリハリが必要なのに、芝居場面がぐだぐだで次につながらないまま、突然歌になるのはお粗末。鈴木勝秀の演出とは思えない。

感情を表しているであろう、バスケのシーンやタップダンス(熊谷和徳。すごい技術)も、全体のまとまりがないため、退屈に思えてしまった。尾崎豊の曲をラップやブルースにアレンジしてあるのは、面白かったな。コング桑田のブルースもすごい上手い。そういう部分部分はいいんだけどね、それをつなぐ「物語」が成立してないんだもん…。

ゲストが「I Love You」を歌うという趣向があり、しかも、それがMCつきで物語と完全にかい離してしまっていた。そこでもうアウト。こんなことはたぶん初めてだと思うけど、途中で退席してしまった。有名どころの曲を、物語のクライマックスで使うのかと思っていたら、ゲストに歌わせてしまうなんて! 

…というわけで、ラストがどんなふうになったのか、わからないのです。。。

主人公を支えるスタジオのオーナー中村あゆみは、芝居は上手くはないが、役に合ったオーラがあるからOK。『SHIROH』でも、主人公のお姉さん役だったよね。やべきょうすけはこじんまりしているが、ちゃんとした役者さんだと思った。この影の主人公の芝居が下手だったら、始まって30分で帰ってただろう。早乙女太一は立ってるだけで色っぽい。歌は上手くないようだが、歌う声が意外に尾崎豊の声に似ていてびっくり。あと、たくませいこが、二階席の最後列まで届く芝居をしてくれた(新喜劇の人なのか!)。尾藤桃子が出てるんだったら、彼女にも芝居させりゃあいいのに。

あーあ、すべてがもったいない。

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私の愛する人 [近況]

私の愛する人、それは吉本新喜劇の安尾信乃助さん。

「おじゃまします、か?」「私、安尾と言います、か?」のセリフで有名な安尾さん。ボケてボケてボケまくる、安尾さん。ほのぼのキャラで、見てるだけでなごむ安尾さん。だけど確実に笑わせてくれる、すごい技術の持ち主、安尾さん。かつては、川畑泰史、烏川耕一の次に座長候補だと言われていた安尾さん。

そんな安尾さんの出番が、最近少ない。確実に少ない。前は、2番手格でずっと出ている役だったのに、最近はチョイ役が多い。

なんでなんで? さみしいよ!

理由はたぶん。。。すっちーの登場だ。元コンビ芸人だったすっちーが、コンビ解体で新喜劇にやってきたのが一年半前。二番手格としての登場が多いすっちー。新年特別番組の司会もしちゃうすっちー。

わかる、わかるよ。すっちーは上手い。安尾さんより芸の幅が広い。押し出しが強い。背が低いという目立つ特徴もある。滑舌もいい。すっちーは座長候補なんだろう。私もすっちーはすごいと思う。

でもでもでも!! 私が好きなのは安尾さんなのぉ。愛とは客観ではなく主観なのぉ。

もちろん、安尾さんに座長になってほしいと思ってるわけじゃない。座長のポジションが向いてるかというと、そうではないのかもしれないし。ただ、出番が少ないのがさみしいんだよぉぉぉ。


舞台に立っていてくれればいいんだよね、出番の多さに一喜一憂しちゃ、ファンとして失格だよね。ぐしっ。

「あのさー、あんた、ヅカでも同じようなこと言ってない?」と緑豆の指摘。

ほ、ほんとだ……(汗汗汗)。

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ラ・マシーン [近況]

横浜開港150周年記念イベント。いろいろある中で唯一「見たい」と思ってたやつを、偶然、散歩の帰りに見れた。ラッキー!

HPとか公報とかの事前情報だと「4月中旬登場」としか書いてなくて怒りすら感じてたんですが(後から知ったんだけど、予告なしに突然始めるのが演出なのね、んもう)。16日に始まって、今日までパフォーマンスしてたんだね。我々、ニュースとか見ないから(除:タカラヅカニュース)、始まってたって知らなかったのよう。

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蜘蛛を模してるんだけど、突然、ぷしゅーとか蒸気を吹いたりするのは蜘蛛の糸のつもりなのだろうか。でも、なんの役にも立たない機械なわけよ。それに夢中になる人間たち。めちゃくちゃ変な光景だな〜(笑)。

バックミュージックは生演奏の弦楽器系。無味乾燥なはずの機械だけど、機械ってものにも、味わいとか、幻想的なイメージとかが、あるよね。宮崎駿の世界とか、シザーハンズとか、そういうものを連想した。

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明日はうちに愛輝ゆま似の従姉妹がやってくる、というわけで近況 [ヅカ的近況]

はいはい、そうですよ、ふみかちゃん(紫峰七海)のジョン卿が観たいですよ、悪かったね!(なぜ逆ギレ)

ちなみに、花組で『Me and My Girl』をやると決まったとき、真っ先に思ったこと。それはなんと、「ユウヒ(大空祐飛)のジョン卿が見れる!」だったのだ。ユウヒファンの友達に「あんな役のどこがいいの〜?」って一蹴されたけど。ちえっ。かっこいいじゃんかー、イヤミに見えてじつは包容力のある、ヒゲのおじさん。ああ、ふみかちゃんで観たい…ブツブツ…。夢のまた夢ですね、はいはい。

まっつ(未涼亜希)も似合いそうだよね。きっとずほ(壮一帆)なんだろうけど、マイペースな感じがよく出そうでそれも楽しみよ。

とりあえず、ふみかちゃんには仲買人の場面でヒゲつけて踊っていただきたい。これぐらいささやかな夢ならかなえてくれるよねっ? 三木ティ(三木章夫←演出家もちゃんと正式名称書いとく)。

パーチェスターはまりんちゃん(悠真倫)かと思ってた。いや、そりゃマヤさん(未沙のえる)のことは深く敬愛しているので異論はないが、まりんちゃんの経歴にパーチェスターを加えてあげたいとも思う。

以下、最近のスカステず日記。(←ふぇありいず日記、のイントネーションで)

「ミル!シル!のえる」で美城れんのお笑い能力に脱帽。こんな面白い人だとは思わなかった。話し方とか、口元とか、ちょっときりやん(霧矢大夢)に似てない?

雪組大劇場千秋楽映像、かよさん(ゆり香紫保)やとなみ(白羽ゆり)の挨拶に泣く。白い花束をぷるぷるとふるわせて言う「私もタカラヅカが大好きです!」が、画面の向こうからでも、すごい光を放っている。

…となみの退団後初仕事は『シェルブールの雨傘』なんだね。音楽が大好きな作品だから、絶対行くよん。タータン(香寿たつき)が出ると聞いて、宝石商の役かと思ってしまった。今は女なんだっけ、そうだっけ。タータンの、テクはあるけど愛はない男役芸が懐かしい。

あすか(遠野あすか)のミュージックサロン。シンデレラ場面がカットで残念〜。じゅんな(水輝涼)のすべりキャラが確立されそうで、いいことだ。ともみん(夢乃聖夏)は我が家ではコムちゃん(朝海ひかる)に続く不思議お笑いキャラだし、あかしくん(彩海早矢)はさすが大スターだし、濃い人選がいいわぁ。

『琥珀色の雨にぬれて』の新公。ふみかちゃんがダンサーAでびっくり。それは置いておいて。一花ちゃん(桜一花)が、今は芸達者で通ってるけど、意外に下手で面白い。らんとむ(蘭寿とむ)のクロード、合うね。ガラスのような透明感がある。あすかのシャロンも、時折見せる子どもっぽさのおかげで、最後の「私自身を愛してくれたのはあなただけ」みたいなセリフが泣かせる。…横で緑豆が「ねー、どうして別れたのー?」「ねー、どうしてまたつきあうのー?」などと聞いてくるのがうるさい…。大人の恋のお話なのよ! そんなこと説明したら野暮になるんだって!

あっ、そうそう、ゾロの原作本を読んでおります。いかにも冒険活劇って感じで面白いよ。これが、『愛と死のアラビア』よりつまんなくなっちゃうの????(◎_◎;) 

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回転木馬こそがタカラヅカに最もふさわしい海外ミュージカル@1969 [ヅカってなんだ?的記事]

回転木馬を観に行ったのは、タカラヅカが海外ミュージカルを取り上げた3作目だからです。オクラホマ、ウエストサイドストーリーに続いて3つめ。1969年6月の雪組大劇場公演、スータンさん(真帆しぶき)主演。で、一体どんな作品なんだろうと。

そしたらまあ、男はだめんずで。働かないし、危ない取引に参加しちゃうし、乱暴だし、妻を殴るし。ちょっとそれは…タカラヅカではとても無理…、と思わざるをえない役で。そんな男と別れずに子どもを育てるヒロインというのも、いまいちロマンチックではないし。壮大な展開があるわけでもなく、ややファンタジーで、今やったら失笑ものかもしれないし、そのうえ田舎の話で。

当時は一体どんな反応だったのか、当時の『歌劇』をチェックしました。

それがもう、ねえ。

海外から招へいした演出家をまじえての座談会。冒頭からして、「宝塚にもっともふさわしいと言われてきた回転木馬」、「オクラホマやウェストサイドストーリーよりも宝塚らしい」と、「ふさわしい」が強調。これは「高声低声」でも同様。

なんで〜〜??

「高声低声」でスータンさんが絶賛されてるんだけど、その絶賛ぷりがね。「不良らしさがよく出ている」「ずうずうしい単細胞的な中に愛すべき魅力がある」云々。誰もだめんずぶりを非難していないのだ!

あっ、そうか。当時は今よりもこういうキャラクターが魅力的に見えたんだ。

『霧深きエルベのほとり』なんかもそうだけど、すごーく柄が悪くて、喧嘩っぱやくて、とてもロマンチックな恋愛なんかとは程遠いんだけど、根っこは純粋、みたいな男性像。タカラヅカじゃないけど、『男はつらいよ』の第一作目(同じ1969年だ)を見ると、寅さんがあまりにもほんまもんのヤクザでびっくりする。間抜けな寅さんじゃなくて、マジでヤクザなんだもん。ヤクザ映画に夢があった時代。悪い男、それも野心的な悪い男じゃなくて、社会的に駄目な悪い男が魅力的だった時代。

…今はお行儀がいい男の子や、せめて成功する悪い男、でないとだめなんだろうな。

あと、遊園地やサーカスを思わせるというのが、ファミリーランド全盛のタカラヅカにぴったりきたみたい。「のどかで」「ほのぼのと」という形容詞もちらほら。人情話で、笑わせておいて泣かせる、というのもタカラヅカらしいと言われてます。

ちなみに、同じようにふさわしいと書かれているのが『スウィート・チャリティ』。川崎悦子演出のを観ましたが、これもほのぼのとしたおとぎ話だった。遊園地みたいなかわいいテイスト。女の子が健気ってのも同じかも(男は変人だったが)。ドラマチックな歴史ロマンとか、甘い濃厚なラブシーンとかは、求められていないのかな、この時代。

よくわからないのが、ウェストサイドストーリーやオクラホマは「ピースもの」であり、回転木馬は「オペレッタ」である、だから回転木馬のほうがタカラヅカらしい、と言われていること。「ピースもの」って、何?

風花舞が演じた年増のミセス・マリンはなんと大路三千緒。安奈淳が演じたおばさんネティは高宮沙千。今から考えると、逆じゃないの〜?? と思いますが。新人公演の主役が汀夏子だったそうです。

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回転木馬(銀河劇場 4/12 13:00) [観劇メモ(ヅカ以外)]

古典。登場人物の配分も、ナンバーも、セリフの機微も、完成度が高い。「あなたを愛してない」と言いながらデュエットでじつは愛してる気持ちを歌うナンバーとか(If I Loved You)、誠実な働き者の男がちょっとしたことで嫉妬する器の小さなところとか、いろんな場面で「あるある」「よくできてる」と思えた。

けど、やっぱり古典なんだなあ。現代からすると、実感のない部分がけっこうある(文化の違いかもしれないけど)。なんたって、「回転木馬の客引き」という仕事がどういう仕事か、全然ピンと来ない。たぶん、町には回転木馬(サーカス全体ってことかな?)しか娯楽がなくて、その客引きの男っていうと、今で言ったらアイドルみたいなものなんだろう。若くてかっこよくて、女の子にキャーキャー言われて、だから地味な仕事とかやってられない、客引きやめたら落ちぶれるだけ、っていう。。。また、回転木馬の経営者の女性が、過剰にお色気&怖いってのも、昔の「稼ぐ女性」のイメージなんだろうなあ(ドロンジョ様=働く年増女の象徴とは、斉藤美奈子の指摘)。

この、働かない、ちょっとDVな元客引き男に惚れて、健気に子どもを育てるのがヒロイン。これもまた、古典、かなあ? 一般的にはここにも「なんであんな男と別れないのか、理解できない」となるところだろうが、私はそうでもない。全然ついていける。笑。(さすがにDVは引いたけど)

こういった古典ならではのついていけない要素を、凌駕するだけの真実が含まれている作品だと思うのだけれども、いまいち盛り上がらなかった。演出があっさりしている。最後、この男が改心する、というのが主眼なのだけれども、改心したのかな? と思った瞬間、幕が下りてしまった。もっと、ヒロインや娘と三重奏して「心が通じたわ!」と思わせてくれればよかったのに。

思い返してみて一番不思議なのは、宣伝ポスター等に使われていたイメージが、あまり見受けられなかったこと。「回転木馬」ってタイトルからして、何か、昔懐かしい、レトロかわいい、そしてちょっと妖しい遊園地のイメージが浮かぶんだけど、そういう場面がほとんどなかった。二幕でヒロインの娘が踊る場面が唯一、きれいなショー的場面なんだけど、そこだけ浮いてしまっていた。

なんと、元は4時間の作品だそうです。それを2時間15分に縮めてしまったからなのね。。。「長い」ってのも古典の弊害のひとつだから、縮めるのはいいことかもしれないが、3時間ぐらいでもいいのでは。ひょっとして、子どもにも見てもらおうということで短くしたのかなあ??(未就学児童可の日があった)

だめんず役は浦井健治。どうも冷静に見れない。「あたしたちのオギーを奪った男よ」とか思っちゃう。いかんいかん。笹本玲奈は地味だが、柔らかさがあるのがいいんだろうね。安奈淳様はキーの合ってないナンバーが多くてもったいなかった。低いところと演技はさすがです。風花舞は珍しくお色気&怖いオバサン役。なんでもできるんだなあ〜。でもダンスが少ないのはやっぱりもったいない。サカケン(坂元健児)が全体の中で唯一の笑いどころ。川崎麻世はやっぱり悪い役がいい。カーニバルボーイという役名のバレリーノ三木雄馬は、オサ(春野寿美礼)にそっくりなのにムキムキでおかしかった。しかし、色気がある踊りだったな。神様役の安原義人。この人、声優やってるよね? 小さい頃からアニメとかでよく見る名前だよ。こんなお顔なのかー。白髪がダンディ〜。かっこい〜。この人のセリフ回しのおかげで、ラストの改心場面でちょっとだけ泣きそうになった。

で、しょうこお姉さん(はいだしょうこ)。もーーー、かわいいのなんのって。色白! 美人! 細い! かわいい! プロローグの次のナンバーがしょうこお姉さんのナンバーなんだけど、これで話に引き込まれた。無邪気で、天然ボケで、麻世に色仕掛けされても全く気付かないで遊びだと思ってる、でもじつは堅実な、ヒロインの友達。しょうこお姉さんのための役なんじゃないかと思うぐらいにあってた。やや金属的な声で役を選ぶだろうけど。ヅカではやはりそこがネックだったのかしら。深い芝居ができるのかどうかもまだわからないけど、ほかの役も見てみたい。

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My dear New Orleans−愛する我が街−/ア ビヤント 2回目 [観劇メモ]

前回がっくりきたので、今回は全く期待せずに観た、植田景子作品。

「本当の私」が、キーワードとして何度も何度も何度も出てくるのね。生きていくために金持ちの愛人になったルル。本心からじゃない。でも、子どもだったとき私を助けてくれた少年だけ(除:弟)は、本当の私を知っている。その少年が成長して現れた。本当の私を愛して!!

…女子が好きそうな話だな〜。

しつこく繰り返されると、ひょっとしたらこの「本当の私」というのを、成長した少年ジョイも探して求めていたのかな、という気になってきた。ジョイも自分らしく生きることに迷っていたから(なのか? わかんないけど、とりあえずそういうことにしておく)、かつて腕の中に抱きしめた黒い小鳥(=ルル)を、自分の分身のように思っていたに違いない。あの少女は自分らしく生きているだろうか、と心にとめていたんだ、きっと。その少女が、「本当の私」を隠して痛々しい姿で現れた。こ、これは、放っておけないぞ!!

…ちょっと切なくなってきちゃった。てへ。

以下メモ。

・みやるり(美弥るりか)は「にーちゃん」以外のせりふを発しただろうか???
・ジョイがルルの家におしかけていって二人がラブになる場面の、あすか(遠野あすか)の前髪くるくるがすごく素敵!
・別れの場面で、ルルの不審な行動を、心配するように「どうした?」って言うトウコ(安蘭けい)の父性愛あふれる表情が好き。きゃは。
・スカピンに続いてレオン(柚希礼音)の変顔炸裂で楽しい。トップになってからも引き続きよろしく。
・しいちゃん(立樹遥)の顔色は白く作りすぎではないか。
・ゆうちゃん(汝鳥伶)と美穂圭子様の登板の意味がいまいちわからない。。。圭子様はショーでバリバリ歌ってるからまだいいけど、ゆうちゃんはショー出てないし。あのビジュアルはさすがだが。もったいないぞ!
・おかん(紫蘭ますみ)って意外に細いのね。最後に知る真実。ううっ、おかん結構好きだったのに。
・あかしくん(彩海早矢)の髪型、かっこいいねー。
・街にいる青年たちの中に、ねったん(夢輝のあ)みたいな子がいない?
・しーらん(壱城あずさ)、メイク変わった? 切れ長になって男らしい。けど、80年代のアイドルの誰かに似てるんだよなあ、誰かなあ。
・大輝真琴は、ぎんがみ(銀河)なきあとの子役専科か。
・天寿光希は子役いっぱいやってるけど、なんか落ち着いてて子役に見えないなあ。
・メイド役の子が吉田美和に似てる。

・ショーは、芝居と似たような設定があるのが唯一の興ざめ場面。景子タンと大介で打ち合わせしないのかな。
・ファンタ〜スティックの場面、面白い。
・あかしくんのダルマを見て思う。新体操やめてくれてよかった…あんな新体操選手いたら、怖くて怖くて…
・みいちゃん(華美ゆうか)の腿はなんだかエッチ。さすが草笛光子。
・ねね(夢咲ねね)、「フルフル」の場面ですごい老け顔に見える。顔ぷくぷくだと思ってたのに、メイクのせいか、やせすぎか。
・カンカンのピンクかつら、かわいい〜。
・カンカン以降のすべてが号泣。盆が回ってカンカンが去って、楽屋にいるトウコがセリあがり、「a la fine de la reve」と歌うところでまずスイッチオン。背後の幕があがると大階段の前に組子がずら〜っと並んでアカペラで「またね」と歌う、ここでさらに泣く。退団者がトウコ囲んで輪になるって、反則だろ。あすかが花束持ってきて愛の賛歌は当然泣く。トウコセリ下がり、あすかが大階段を登るときに、羽を持った組子が羽をきれいに動かしながらフォーメーションで降りてくる、そこでもなぜか泣く。…演出方法って、大事だよなあああ。

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退団/在団は神の差配 [ヅカってなんだ?的記事]

五十鈴ひかり辞めちゃうのか。スカステの「なみだのでる歌」で同期の沢希理寿と歌ってたの、ユニット組めるぐらい、めちゃくちゃ上手かったのにね。「これは本当にタカラヅカの番組か?」って疑った(笑)。昔から歌では使われてきたけど、同期どうしで歌うまさんって、大変なのかしら。

って発想が、短絡的やねん。>自分

トウコ(安蘭けい)のサヨナラ番組で、かなり本音が話されてた。辞めようと思ってねったん(夢輝のあ)に相談しようとしたら、先にねったんに「辞める」って言われちゃって、辞めるの辞めた話(これはどっかですでに公開されてた話だと思うけど)。『バビロン』の肩ポンで次自分がトップだと思ってたのに違ってた話。ファンも「えー、あれで次トウコがトップじゃないんだ」って驚いたけど、本人も驚いてたんだね。

緑豆が「ジェンヌが退団する理由を、ついつい「いじめられたのかな」とか「見切りをつけたのかな」って短絡的に考えちゃうけど、そんな簡単な話じゃないんだねー」などと感想をもらす。たとえ寿退団であっても、やりたいことがある退団であっても、ましてやそれ以外の退団となれば、いろんなことが重なりあって、一言で「こうこうこうだから辞めるんです」とは言えないものなんだろうなあ。

それをジェンヌは「退団の神様が天から降ってくる」とか「天使がささやいた」とか言うのかもしれん。

神様だの天使だのの表現を、私は今まで「建前上言いにくいことを、きれいに表現する技法」と思ってたけど、そうじゃないんだ。本当に、神様が、天使がいるとしか思えないような、複雑で入り組んだ事柄で、すべてが重なりあうように符号したとき、退団の鐘がなるのだろう。もしくは、退団の鐘が鳴らされないのだろう。だって、そうでなきゃ、トウコが何度も辞めようと思ったのに最終的にトップになって辞めていく、そのいろいろの積み重ねは説明できない。トウコに限らず、どのジェンヌだって同じ。それは、外から見ている私たちファンにはもちろんわからない。最終的に「寿退団でした」とか「体調が悪かったからです」とか括られる理由であっても、その裏にあるさまざまな偶然を、逡巡を、神の差配としかいいようがない何かを、私たちはないがしろにしてはいけない。

今なぜか我が家では、麻尋しゅん絶賛祭り開催中。今まで「星組なのに、全然男役らしくない」とけちょんけちょんだったのに。『シークレット・ハンター』の新人公演をてきとーにつけていたら、家事をしながら耳だけ傾けていたら、「誰、このかっこいい男役歌唱は!? えっ、麻尋しゅん!?」…画面を見ないってのがポイントなんですが(笑)。歌はしっかり男役になっていたんだね。本公演だとここまで歌いこむほどの出番はないものね。うーん、もったいない。新人公演主役をやった人は、それだけ投資したってことなんだから、配当金を我々が受け取れるまで在団してほしいよ。

簡単に総括してしまえば、可愛らしすぎたということで終わってしまうのかもしれない。でも、ショーブランはニュースでちらっと見ただけでもかっこよかったし、男役らしさもあったんだ。和涼華も、簡単に総括してしまえば、成長期にタカハナ政権下にいて、もったいなかったということで終わってしまうのかもしれない。でも、リカルドでは演技に開眼したように見えたし、サヨナラ番組で目に涙をためてファンの人への感謝を語る姿には、それこそ神が差配したとしか思えない何かが感じられる。

我々ファンは、神の差配を慮るだけなのだ。

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(注:もちろん、一作トップとかの横暴に対しては、抗議しなきゃいけないけどね…)

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