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Paradise Prince/ダンシング・フォー・ユー(東京宝塚劇場 11/24 15:30) [観劇メモ]

植田景子にしてはイイじゃないか〜。ストーリーはありきたりで先が見えてるんだけど、テンポよくその通りになるから気持ちいい。子供が見ても楽しめそう。これを夏休みにやればよかったのに、ねえ。(でも、ミズがお坊ちゃまアーティストで、となみが庶民っていうのはどう考えてもあり得ないよな。。。)

ヒロインが描いてる途中の絵を、主人公に見せる。それで「迷いがある、もっと本当の自分を描きなよ」と言われる。それで二人の仲が深まる。…くっさいし、当たり前のことなんだけど、こういう恋に落ちる瞬間(この場合は仲は深まる瞬間だけど)が明確に描かれているのが、わたし的には最もツボだった。だって、ヅカって「この二人、なんで恋に落ちたの〜?? 単に美人だってことだけぇぇ?」って話が多いじゃん。

それに、主人公も、ヒロインも、植田景子にありがちなスネスネな人物じゃなかったのよ。親とのトラウマはあるのに(植田景子の定番)、全然スネスネじゃないのよ。これは凄い。母親に「父親のようになれ」と言われて育って、期待に応えてきたけれども、やっぱり自分のしたいことだけしたい、と家出する。だけど全然スネスネじゃなくて、最後は親に「あなたを傷つけるのが怖くて正直に言えなかったけど」と言える。うーん、なんていい人物なんだろー。

これは、植田景子が凄いんじゃなくて、タニ(大和悠河)が凄いんだと思う。タニのキャラだからこそ、これができる。「あなたみたいに最初からトップにいた人には(庶民のつらさは)わからないのよ」とヒロインになじられて、あー、抜擢され続けてきたタニだもんねー、と客席一同納得。なんだけど、「これからわかりたいと思ってる」と言って、それでもイヤミにならないタニ。生まれついての華って、こういうことなんだよなあ。そして、いつも健気に頑張ってて、不器用で小心者で、でも現代的でおしゃれなウメちゃん(陽月華)。この二人あってのこのお話なんだろうなあ。

ただ。この話、「頑張っている人が報われるおとぎ話」がテーマなんだけども、最終的に報われるのは大富豪の判断による、というところがちょっとね。画商の陰謀に勝てたのは、大富豪が絵を買ってくれたから。って、なんだよそれー、結局「金」の力なんじゃん。大勢の人がいる式典(?)の場だったのだから、大衆に支持される、という結論ではいけないの? なんか『落陽のパレルモ』で主人公たちが結ばれることができたのは、「じつは貴族だったからなんですー」っていうオチと同じ気がする。まあ、「じつは貴族」は先天的なものだから、それよりマシだけど。。。

色使いがカラフルで楽しかった。衣装もかわいい。植田景子はいつもそのあたりはバッチリ。個々の演者についてはまた今度。

ショーは中村Bの定石どおりだけど、それはそれでいい。退団者にはそれぞれ見せ場を作ってるのね。へ〜、生徒の使い方はいつも番手どおりで、オギーみたいな下級生ばんばん使っちゃうとかはできないけど、退団者への基本的な気配りはできるのね。(イヤミ? いや、一応褒めてる)

結局、八雲美佳のウィンクゲットに必死な一時間だったかも。一回のショーで何回ウィンクしてるんだろ。ファンの人は出待ちでお手紙に「今日のウィンクは××回でした」とか書くんだろうか。たのしそー。それに、男役ムハ〜って顔、しょっちゅうしてるよね。観てて飽きない。なんで辞めるんだぁぁ。

(12/1追記)
パラプリで、も一個いいと思ったのは、悪い母親が改心するところ。画期的じゃない? それでこそ真のハッピーエンドだよね。

ふと思ったけど、ジュテミロでは、となみが庶民でミズがお坊っちゃまだったね。。でも花形スターと実業家だから、やっぱ違うっしょ。

たっちん(和音美桜)の役が、意地悪な役だと聞いていたので期待していたのに、全然そうではなかった。単に、本音を言っているだけじゃん。あれを「意地悪でやりにくい」と思うことに、本気で驚いた。いや、たっちんがどうのではなく、ジェンヌ全体に。ふみかちゃん(紫峰七海)も、『蒼いくちづけ』で「24時間、悪に生きなければいけないの?」と悩んだって言ってたけどさ、君たち、ほんっとーーーに、ピュアでいい子なんだね。。。あたしゃ、いつも意地悪だから、その部分を露出できるだけでも悪役なんてたのしそーって思うよ。。。

ショーはパリの場面が好きっす。

デュエットダンスで「ウメちゃんお帰り」的な歌詞があって、泣く。中村Bめー。

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RENT(シアタークリエ 11/19 19:00) [観劇メモ(ヅカ以外)]

うえーん、全然話に入りこめなかったよ〜。今年一番というぐらい期待していたのに。。。

話の展開が早すぎる。特に二幕。突然打ち切りになったドラマかマンガみたいに、時間の流れがはやくなって、え? どうしてロジャーはすぐにサンタフェから戻ってくるの? サンタフェで何してたの? って思っちゃう。登場人物の動機が伝わらない。情報としては「こういう場面なんだ」ってのはわかるけど、感情がそれについていかない。

これって演出の問題なんだろうなあ。マークが生活のために魂を売ったのはわかるけど、それに気づいてやめるのが、ほんの一言のセリフだけで終わっちゃうって、それじゃあ全然感情がついていかないよ。そこでタメの演技とかしてもらわんと。突然ミミが公園で死にそうになってるのも、あんぐり。唐突すぎやねん。だったら、サンタフェにいるロジャーの場面の後ろで、死にそうなミミの様子を同時進行で見せておくべきでは。

そもそも、歌ばっかりで。すごい難しい歌で。だから歌に力を入れるのはわかるけれども。一曲一曲としてはすごい上手いってことはわかるんだけれども。でも、ミュージカルって、コンサートじゃないんだよ、芝居なんだよおおおお。歌と歌の間のちょっとしたセリフや動作をまず芝居として成り立たせてほしいし、歌も芝居のセリフとしてしゃべって演技してほしい。死にそうな人は死にそうな声で歌ってくれ。死にそうな恋人にすがる人はすがる声で歌ってくれ。コンサートで「死にそうな人の歌」を歌うのと、芝居の中で「死にそうな人」の演技を歌つきで表現するのは、全然別モノなんだよおおおお(号泣)

あと、バンドの音が大きすぎたのも気になる。ただでさえ訳詞は言葉数が多くて聞き取る労力がたくさんいるんだからー(そうだった、SHOWTUNEでも聞き取れないって思ったのは、そもそも日本語と英語の音節の違いのせいだったのだ)。

しかしまあ、みなさん歌が上手で。それぞれジャンルは違うのかしら。コリンズ役の米倉利紀がめちゃ美声で惚れぼれした。森山未来は唯一、芝居も安心して見れた(当然か)。

エンジェルというドラァグクイーンの役が気になる。天使と呼ばれ、神聖視され、クライマックスとラストのオチも任され。作られすぎのキャラクターに思える。本物のドラァグクイーンの人が見たらどう思うんだろう。そりゃ、本物のドラァグクイーンだって、作られたキャラクターだとわかって自ら作ってるんだろうけども。。。。エンジェルには、最後にちょっとあくどい面があったということが明らかになるんだけど、そこも演出的に一瞬で全然深められてなくてすごくもったいない。

で、4年ぶりのケロさん。現在はYOKOさんを名乗っておられますが、やっぱりケロさんです。バリバリ保守的なタカラヅカにいて、タカラヅカをきっと今でも愛していて。だけどこういうアメリカの現実的なミュージカルが在団中から大好きで。深いよなあ、ケロさん。で、変わらずハスキーボイスでかっこよかったです。アンサンブルの一人だけれども、場面ごとにちょこちょこっと芝居をしたり踊ったり歌ったり。ホームレスの場面がよかったですね。映画監督志望のマークがホームレスの映像を撮っていると、「あたしらを利用するな」と拒否する。そのうえ「1ドルめぐんでよ、アーティストさん」と詰め寄るのが、怖いのなんのって。。。これからいろんな舞台に立って、その上手い芝居をどんどん見せてほしい。ちなみに、男性とも女性とも絡む場面があるんだけど、男性と絡むより女性と絡むほうがセクシーなのは、なぜなんでしょう(笑)


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SHOWTUNE(銀河劇場 11/14 19:00) [観劇メモ(ヅカ以外)]

ウタコさん(剣幸)の男役がかっこよすぎ。目がはぁと。やっぱり、偉大な先輩はいくつになってもかっこいいのだなあ〜。ヅカファンであることを誇りに思うよ。映像で見ただけの『川霧の橋』よかったもんなあ。『Guys & Dolls』の前夜祭で「こんなにきれいな人が、ネイサン役だったの?」と驚いたけど、たしかに女性としてもすごいきれいなんだけど、でもやっぱり男役もかっこいいのだー。男役にしては小さいのに、肩まで髪おろしてるのに、そんなに補正もしてないっぽいのに、スーツ姿がかっこいい。ロン毛のイケメンがちょっとだらしなくしてるふう。でも品がある。とにかく「余裕」。歌もメチャうまだし。

と、ウタコさんのことばかり語ってしまったのは…、作品としてはモニョモニョだったからにほかならない。。。

ジェリー・ハーマンって、『ハロー・ドーリー』とか『ラ・カージュ・オ・フォール』とかの作詞作曲家で、すごく有名な人らしいんだけど、意外に、聞いたことあるって曲がほとんどなかった。「I am What I Am」ぐらい。日本人好みのメロディーラインではないのかも。

それを、歌い継いでいくだけなので、よほど歌が上手くないと、「おお〜」って思わないのだわよ。。。もちろんちょっとづつ内容がつながっていたりするんだけども、アップテンポの曲だと歌詞が聞き取れなくて、意図がつかみにくい(訳詞の問題か、そもそも言葉数が多い歌を作る人なのか)。なので、終盤歌い上げる曲が続いて、タキ組長(出雲綾)の「I don't want to know」、ガイチ(初風緑)の「I'll Be Here Tomorrow」、ウタコさんの「If He Walked Into My Life」でウルっと来た。

ガイチは歌手として、もっと活躍してもいいのになあ(ストレッチとかやらんでいいから)。風花舞はダンスだけじゃなく歌も上手いし、妊婦役の場面がコミカルで楽しかった。マリコさん(麻路さき)のピアノの腕は並みじゃない。けどやっぱり踊ってなんぼ、でしょう。楓沙樹 、大真みらん、とダンサー陣はもっとダンスの見せ場があってもよかったな。っていうか、歌あってのショーになってしまった(もしくはもとからそう?)から、マリコさんにしても、もったいない感が強いまま終わってしまった。。。

で、一年ぶりに見たみらんはやっぱりかわいー、ダンスうまー。そういえば自分、最近すっかりオッサン好きになってしまったけど、ダンサー好きなのだった(笑) 来年、新上裕也のダンス公演に出るって! 観に行くぞ〜。

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ソロモンの指輪/マリポーサの花 追記 [観劇メモ]

オギー見納めだと思うと、開演アナウンスの「荻田浩一作・演出」ですでに号泣。

開演アナウンスのとき、客席が真っ暗なのね。はじめて気がついた。普通、舞台を額縁みたいに飾っている装置とかが薄っすらとでも見えているでしょ。ちょうどタイトルを言うときに、暗闇に日輪が浮かび上がる、粋な演出。真っ暗な中にアナウンスが響いて、がしゃーんという音がすると、ゾクゾクする。

ヒロミ(彩那音)とラギ(柊巴)の関係が、わかりそうでわからない。ラギ(ルンペン)はヒロミ(青年)を指輪の世界に誘いつつも、結局「なんだ偽物か」みたいな感じでヒロミに「やめとけ」と言ってるみたい。舞台中央に立っているミストレス(の上着)に惹きつけられてそれをはいだら、じつはテルだった、と驚くヒロミに、その上着を拾って何か言いたげなラギ。「こっちには来てはいけない」とも言ってる。ジャングルでヒロミが惹かれた少女も、結局ラギ(青年)が横取りしてるし。うーん、オギーとその分身なのか、な。

これを言うとあまりにもそのまんまで陳腐だから躊躇していたけど、やっぱり言わざるをえない。ミストレスという役は宝塚文化そのものの象徴だ。

ジャングルのシーンはほんとに好き。官能的。これがオギーにとってのタカラヅカのイメージなのだとしたら、あまりにも……(18禁になるので以下省略)

海の場面は、指輪の気持ちになってみると泣きそうになる。珊瑚の海で波にもまれて、どんどん朽ちていく指輪。そこにこめられた想い。

ワルキューレって、戦死者を天上に連れていく乙女だっけ。西風って不吉なイメージあったっけ。西風が銀橋を吹き抜けていって、舞台が何もなくなる瞬間が、怖い。感覚的に怖い。まさに風の葬列だと思う。モーリィ(冴輝ちはや)がアーミーの格好して踊ってたのに、指輪の入った箱を渡されて「あれ? 自分何してたんだっけ」と、鑑定士の弟子に戻る瞬間がある。マヤさん(未沙のえる)は、風車を渡されたあと、空しそうな顔をしているのね。

ラストの祝祭の場面を、単に透明感があっておめでたくて、終わりだけど切ないっていうだけのイメージでいたけど、なんだよ、タカラヅカにおいて白は浄土(=死)の色じゃないか。肝心なことを忘れてたよ。死んだ主人公が白い衣装で出てくる、でも幸せそうに。それがタカラヅカ。だからオギーも、タカラヅカを去るけど、嫌いになったわけじゃないんだよね? 幸せな気持ちで退団するんだよね? あっ…でも、血染めなのか。。。

ラストの歌詞は、すべてがひとつの輪でつながれている、というような内容。終わりでもあり始まりでもある。オギー、またね。

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ネロがセリアを拒絶するとき、「もっと素晴らしい世界で君を愛したい」って言うでしょ。あれが嫌なんだとわかった。やっと。どうして「もっと素晴らしい世界を君と一緒に作りたい」って言ってくれないの? 女は蚊帳の外なの? って思っちゃうんだよう。

ミズ(水夏希)が革命家という設定なら、『霧のミラノ』があるじゃないですか。ジャン・バチスタと、エンマのラブシーン、よかったなぁぁぁ〜。エンマは、元革命家だし、元彼のジャン・バチスタと再会して、また革命に身を投じようとするのよぉ。恋の陶酔と革命への闘志は、どちらも同じように情熱的なものなのよぉ。

それがさ…、ネロは一緒に連れていってくれないんだもん。そこで私は「ハリー(正塚晴彦)にふられた〜」と思って悲しくなるのだ。やっぱつきあうなら柴田先生(柴田侑宏)のほうだよなあ。(なんの話だ)

職場でセクハラがあって、なんとかしたいと集まった有志たち。そこに参加した男子たちを、私はずっと信頼してる。いつもつるんでるような友達じゃないけど、すごく信頼してる。だけど「セクハラするような男は僕が殴ってあげますよ」と言った男子のことは、「違う」って思った。私は守ってほしいんじゃなくて、一緒に戦ってほしいのよ。

ハリーって、女性を不可侵のものだと考えているのかなあ。ラブシーンもあんまりないし。『ブエノスアイレスの風』でリリアナが武器商人に銃の質草として預けられるけど、3日間まったく乱暴されなかったって設定、ありえねーだろー、と思う。ま、よく言えば「紳士」なんだろうね、ハリー。

私はかように娘役/女役に感情移入しちゃうけど、ヅカファンは自分を男役に置き換える人が多いのかもしれない。ヅカファンになりたてのとき驚いたのは、少女マンガはあまり読まないけど少年マンガは読むって人が多かったこと。大島弓子は読んだことないけど、ジャンプは読んでます、みたいな。だから、ネロやエスコバルに感情移入して、女性を置き去りでもあんまり気にしない、のかなあ? 

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シナちゃん(山科愛)が、スカステの番組で「背が小さいから、包容力がなかなか出なくて」と言っていたけど、瞬時に「そんなことないよ!」と思った。シナちゃんが、にこにことそこにいるだけで、誰でも優しい気持ちになるよ。舞台でも、出待ちでも、シナちゃんを見て「かわい〜」って思うことが、私たちの幸せだったもの。それが娘役の包容力以外の一体なにものであろうか? 

運が良ければトップになったかもしれない。けど、ならずにやめる。銀橋でとなみ(白羽ゆり)とすれ違う場面、あれは、トップ娘役に憧れていたときのシナちゃんなんだろうな、と初見のときから思っていたんだ。

ラギ(柊巴)は、ある意味、タカラジェンヌらしい人だなあといつも思っていた。すっごくきれいで、いいものを持っていて、だけど全然ガツガツしてないの。いいお嬢さんなんだろうなあって。男役をきわめて、出世争いを勝ち抜いて行く人もタカラジェンヌの一つのパターンだけど、ラギみたいな人も、タカラジェンヌらしいなあって思っていたんだ。

組本で「同期の彼氏的存在、みんなで取り合ってた」って書いてあって、またまたタカラヅカの女子校的意味合いを持っている人なんだなあ、と。「とびきり幸せになってね」

(千秋楽の日にさらに追記)

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集合日は心臓に悪い [ヅカ的近況]

って、頭ではわかっていたけど、身にしみて痛感する今日このごろ。。。これもトップのファンのときにはわからなかったことだよねーーー…。

「タカラヅカではあらゆる退団を覚悟しろ、そうたたきこまれた!」
「生き残るために!」@マリポーサの花

たたきこまれてますよ、ええ。

「あらゆる退団ってなんだ!?」

贔屓が「憧れのベルばらに出演できたのでー、満足しましたー」とか言って、「おいおい、ベルばらかよ」と脱力する、とかぁ?

でもさ、みおさん(大伴れいか)のファンとか、古いけど千紘れいかのファンとか、悲しかっただろうなあ…。ま、あれはイレギュラーだけども、それこそ「あらゆる退団」だよね。

りせ(望月理世)、退団するのか。男らしくなってきたのになー。最初のうちは、あまりにも華奢でどうするんだと思ってたけど、最近は顔も凄みが出てきて、『メランコリック・ジゴロ』のテニス選手の役なんか、妙な色気があってよかったじゃん。これからじゃん。男子校カフェにゆかりちゃん(綺華れい)と二人で勤めるっていうんなら、いいけど…。とりあえずスカステの「楽屋わくわくカフェタイム」は必須だぞー。>スカステさん

ふみかちゃん(紫峰七海)の役は、ハッチさん(夏美よう)の部下なのね。役名でググってみると…。『太王四神記』を日本人キャストでやるなら、という2chスレッドで。。。前田吟!! 松木安太郎!!! いやぁ~~、、、すげー楽しみだ(笑)

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夢の浮橋/Apasionado!! 追記 [観劇メモ]

・「ひつぎのみこ」という言葉が、「棺」に聞こえてしまって、一瞬、生け贄にでもなるのかと思ってしまった。「日嗣の皇子」=皇太子なんですね。無知ですんません! まあ、文脈からわかるけども。でも、後から考えたら、なりたくもない皇太子になって、みんなの期待に応え、そのことで浮舟を救う(んだよね?)のは、ある意味「生け贄」なんだろうなあ、と。たっくんがそこまで考えているかわからんけど。

・たっくんの主人公はたいてい、悲しみを乗り越えて生きて行くけれども、オギーの主人公はたいてい、別の世界(現実的には「死」)に行ってしまう。そこが二人の去就の違いか。(考え過ぎ?)

・ラブシーンがけっこう濃厚よね。『ACHE』以来、ラブシーンもお手の物だね、たっくん。柴田先生のあとを継げる! もう継いでる!

・知識の予習復習が必要だったり、場面の意味を解釈し合って楽しむっていう、観劇スタイルが好きなのよ。たっくんとオギーはそれを満たしてくれる。それだけ深みがあるってことだ(ハリーや柴田先生も、心情を解釈する余地があるのがいいし)。これって、オタクの感性だよね。。。作品を受け取るだけじゃなくて、自分で膨らませるっていう。そういう意味では、妄想小説を書くことと同じ感性かもね。(ヅカで、その作品をもとに妄想小説を書かれやすい作家って誰だろ?)

・ショーの小林幸子的衣装の場面で、団体さんや修学旅行生がザワザワ。それをものともせずに歌うアサコ。こりゃなんかあるな、と思ったら一気に引き抜いて→(以下ネタバレ避ける)→客席騒然(ちょっと大げさかな)。そうそう、これがタカラヅカなんだよ〜、と誇らしくなった。いや、「the大衆演芸」ってことなんだけど、今あんまりこういうの見れるところってないよね?

・男役の女装連発シーンも、客席がザワザワしてたなあ。特に最初がごついからね。。。マギーがかっこいい外人のねーちゃんって感じで無問題だったのが、やや残念(残念なのかい)。越リュウがかっこいいオカマさんって感じでかなり良かった(良かったのかい)。

・ANJU先生振付けのシーンはやっぱりいいね〜。

・侵略者に村が襲われる的なシーンは、『RED HOT SEA』でも観たし、よくあるパターンで飽き飽きなり。妊婦さんがいるってのも、ねえ。そう、設定が「善と悪」「命の大切さ」オンリーで、単純すぎて白けるっていうことだ。要するに。

・その後の、復活のシーンも、『ソウル・オブ・シバ』でもあったし、それこそ『RED HOT SEA』にもあった。これもやや飽きてきた。原典はなんなんだろう。鴨川清作作品か? 

・難点ばかりあげたけど、全般的に、赤と黒で彩られた大人っぽいショーで、なかなかよかったよん。

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消防訓練 [ヅカ的近況]

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幕間に消防訓練やるってー。客席から退場する練習だって。だから火曜なのに一回公演なんだ。開演前に消防署長さんがご挨拶。「楽しい観劇に来て、なんで訓練なんかせなあかんのかとお思いでしょうが」とみんなの笑いをとって、やる気が高まる。しょっちゅう劇場に来てるから、訓練しといたほうがいいよね。ヅカファンは客じゃなくて身内だからね、訓練がんばるぞー。

と思ったら、強制参加じゃないそうで、誰もまじめにやってないのだ。。。サイレンが鳴るとみんな笑う。従業員は一応「速やかに退場してくださーい」と言ってるけど、ただ言ってるだけでどこにも誘導しない。客はふつーにトイレ行ったり、改札の外出たりする。え〜、退場する訓練なんじゃないの? そもそも、どこに退場すればいいの? とりあえず改札の外? そっちが燃えてたらどうするの? 改札の外に出てみるが、特に講評の時間もなく。。。

ちえーっ。

そういえば東京の消防訓練も、スターさんの消防コントと化していて、誰もそれが消防訓練だと思ってないもんね。さすがタカラヅカ、建前社会だわ。


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夢の浮橋(宝塚大劇場 11/11 13:00) [観劇メモ]

たっくん、大劇場デビューの成功おめでとう! …成功、だよね? 少なくとも私には、大成功に思えるよ。荻田浩一なきあと、大野拓史がいることを、心からありがたく思う。まだヅカファンやめられないな、と。劇場にいた理事長に「たっくんを大事にしろよ~」と念を送っといた。

・プロローグから泣ける。大野作品はプロローグがすべてを象徴してる。恋することの罪深さ、人に執着することのおろかさがテーマだとすぐわかる。
・だけどそれをどう収束させるかと思ったら、なんと成長物語(と言っても爽やかなのではなく、とにかく切ない)だったのだ。これは予想しなかった。「動じないんですね」「心をあらわにして生きていけるとお思い? この宮中で」「…あなたこそ東宮にふさわしい」この場面が一番印象に残っている。たっくんがパンフで、原作のある場面に夢中になったって言ってたけど、どこなのかなあ。(「あさきゆめみし」しか読んでないから、だいぶ違うから、わからん)
・源氏物語がこんなに政治的な話だとは思わなかった(「あさきゆめみし」しか読んでないから(以下同文))。パンフの解説が後から読むと「へ~」って感じ。
・心配だった舞台装置の活用、盆とかセリはまずまず。それに、布を使った場面転換がうまい。感心感心。
・宇治田楽の場面の幻想的なこと。あの装置とか衣装って考証どおりなのかなあ? あんなの見たことない。
・光源氏と一の宮が影の主人公。萬サマがおいしいのは予想してたけど、あーちゃんが! マイブームになりそうなほど、あーちゃんがおいしい。っていうか、今のあーちゃんにこういう役をあてるたっくんがすごい。
・血縁が入り乱れているので、人間関係を把握するのが難しいかも。プログラムの例のオタク人物紹介は健在なので、開演前にそこだけ読んでおくといいかも。
・しずくは下手だが、それでいいのかも。浮舟としては。強いて納得いかない点をあげるなら、きりやんが薫には合わない気がした。きりやんは優柔不断な人には見えない。もっと明晰。だから薫が明るい人かずるい人に思えてしまう。原作とはかなり違うみたいだから、そういう見え方でいいのかなあ?

以上、出張帰りの観劇速報でした。ショーもまずまず。みっちり予習して、東京で通うぞ~~!

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ブエノスアイレスの風(日本青年館 11/2 11:00) [観劇メモ]

ニコラス・デ・ロサスって男のことが、私はほんっとーーーに好きなんだなあ。ハリー(正塚晴彦)とリカちゃん(紫吹淳)が作り上げたこの男性像が、私の理想の男性像、いや、理想の人間像。『ブエノスアイレスの風』という作品そのものも、ほんとーーーーに大好き。だから、再演でも始終ニコニコして観てた。そりゃあ、初演とは違うけど、でも素晴らしい作品に再会できたことが、リカちゃんのニコラスを(まだそのときはヅカファンじゃなかったけど)一度だけでも観れたことが、そもそもこの作品が存在することそのものが、心からうれしい。

青と銀の薄暗いセット、全体を包み込むタンゴのリズム。最後はなんか、清々しいというか、あったかいというか、優しい気持ちになって劇場を後にする。みんながそれぞれ一生懸命だからかな。でもそれを声高に言うわけじゃなくて、さりげない描写で、さりげなく事件が起きて、さりげなく終わって。「色々あるよね」ってハリー芝居によくある台詞だけど、ほんと、いろいろあるけど、それでいいんだよ、生きているだけでいんだよ、って思わせてくれるんだ。

もっと初演と比べちゃうかと思ったんだけど、全然そんなことはなかった。とりあえずレオン(柚希礼音)、足長いし。踊れるし。ショーブランを経て深い演技ができるようになったし。だから全然及第点。そりゃあ、リカちゃんのようなタメ(上念さんはそれを「照れ」と言ってた)がないから、哀愁は感じられなくて、今すぐ革命しちゃいそうに真っ直ぐだけどね。

全体的にみんな学年が初演より若いよね。リカルド役のしみこ(和涼華)は本人比ではもっとも良いと思った。っていうかまったく期待してなかったので(笑)。怒鳴る演技とかちゃんとしてた。ハリーの演技指導はありがたいよー。が、やっぱり樹里に比べたらね、死ぬところの演技とか全然ダメだけれども(ちなみに私が生で観たのは東京なので嘉月さんだったんだけど、これも上手かったんだろうなあ)。そもそも、スカステのまやさん(未沙のえる)の番組で知ったんだけど、しみこの本公演での初台詞が研6って、遅すぎないか? だって、その公演(炎にくちづけを)で新公主演なんだよ。おかしいよ、当時の宙組。

真風涼帆は本役がタニ(大和悠河)だけに、上手く思えた(笑)。紅ゆずるは全然おこちゃまに見えてしまった。刑事で、しかもエリートの嫌みがないといかんから、意外に難しい役かもね。リリアナ役の水瀬千秋は叶千佳より芝居上手いけど、顔が遠野あすかに似てるね(なぜ逆接)。美城れんはもう…、毎回おじさんだけど、ちょっとずつ役作りが違うのがほんとにもう…たまりません。コロちゃん(音花ゆり)は、シビさん(矢代鴻)の役なんて持ち味的にどうなのって思ったけど、すごくよかった。オトナな芝居もバッチリ。エトワールの高音より、これぐらいの音程のほうがいいのかも。最後の歌で泣かされた。

あとは、街角にたたずむみやるり(美弥るりか)のかっこよさね! 盗難車を買い取るみやるりの渋い声ね! 『王家に捧ぐ歌』の凱旋の踊りでセンターで目キラキラさせてたあのかわいい子が、いつのまにこんなにかっこよくなっていたんでしょー。ちっちゃいかしげ(貴城けい)みたい。カレーニンがよかったんだよね? 最近、星組下級生チェックが怠りがちだったからなあ。水輝涼はもっと出番を! 出番少ないと顔がもっさりしてきちゃうよう。もっと使ってあげてええ。もろに我が家の好きな骨太タイプなもんで。

で、この日は雪組公演とダブルヘッダーでハリーな一日だったわけですが。

『マリポーサの花』やっぱりダメだ…。『ソロモンの指輪』はあと10回ぐらい観たいけど、マリポーサは観るのがツライ。ブエノスはこんなに女性たちが頑張っているのに! って思っちゃう。ブエノスは生きて行こうとするのに、どうしてあんたは武器を持つ! って思っちゃう。それと、ブエノスはちょうどよくタンゴが入るのに、どうしてこう音楽無しで台詞ばっかりなの! って思っちゃった……トホホ。やっぱりあの大きな劇場でずっと音無しってのはツライよ。。。

ただ、ふと思ったのは、マリポーサとブエノスは並列だと思ってたけど(→この記事)、そうじゃなくて、マリポーサが先で、サルディバルの軍事政権を倒した後の7年後がブエノスって考え方もあるかも。じゃあ、セリアはエヴァなのか。花送ってもらってたけど、ほかの男とできちゃった、と。いやいや、ネロはリーダーじゃないけどニコラスはリーダーだから、えっ、じゃあニコラス=チャモロ? えー、チャモロ天パーじゃん? 

…どうでもいい話でした…

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指輪=束縛=タカラヅカ [観劇メモ]

今は会に入ってお手紙渡したりするのがうれしかったりしてるけど、いつかこれが縛りになるときもあるんだろーか。そんな兆しは全然ないけど、理屈としてはじゅうぶんあり得る。一人の人を応援することにしたら、建前上はほかの人を応援しちゃいかん。これ、ヅカの不文律。ジェンヌとファンが近いところにいすぎるから、どうしてもそうなる。それがタカラヅカ。。。

でも、ふつーに芸能人のファンやってる人からしたら、なんじゃそれって感じだよね。タカラヅカってやっぱ特殊なところだよなあ。

…てなことを感じた、『ソロモンの指輪』。数年前に遭遇したその手の事件を思い出して、胸が苦しい。

オギーのインタビューが載ってた。
http://sankei.jp.msn.com/culture/arts/081016/art0810162008002-n1.htm

「大好きだから」って言ってくれた、そのことがとりあえずうれしかった。でもよく読むと、やっぱりなって思う。

最後に大階段が必要。トップスターに宛書きをする。これ、ヅカの不文律。でも、ふつーの演劇観てる人からしたら、なんじゃそれって感じだよね。タカラヅカってやっぱ特殊なところだよなあ。

好きだけど、束縛はつらい。その理不尽さがつらい。距離を取りたい。距離を取って、嫌いになりたくない。

ソロモンの指輪の歌詞って、そんなのばっかりだ。

「引き換えには 失う 差し出す 全てが 崩れる 一番に知りたかったのは 貴方の醜さじゃないのに」

「いつか裏切る日が来るから 初めて出会った 海へと旅した 波間に捨てよう」

だけど、この指輪をはめてはじめてわかることもたくさんある。ふつーに生活してたら絶対に味わうことのない喜び、快感…。まさに、獣の声を聞ける魔法の指輪だ、タカラヅカは。

「愛の言葉を指に絡めて 誘い込まれたジャングル 足を踏み入れてみたなら 二度と抜け出せはしない」

「心縛る 魔法をかけて 目には見えない あるはずもない 愛の秘密を教えよう」

「あなたが望んだ 指輪がここにある 手を伸ばせば 指先に感じ取れる 未来を誓う 愛の言葉 たとえ耳に 届かなくても 妖しく鈍く光る 指輪だけがあれば 愛もそこにあると 信じられる」

だから、卒業する二人はジャングルの場面で少年少女に戻るんだ。オギーもあそこで銀橋を渡って卒業してしまったんだ。その次の西風の場面は「風の葬列」ってタイトルだもんね。。。

指輪がタカラヅカのスターなら、ソロモン王は小林一三で、宝石商は劇団。だとしたら、鑑定士は評論家や御用記者ってことかいな。だって、最初は「インチキだ」とか言ってるくせに、あっさり指輪をはめて喜んでいるもんね。

東京での初見はとにかく小芝居を見るようにした。
・青年とルンペンがいろいろ話しているけど、何を話しているんだろう。
・執事がミストレスをガード(ガード!!)しているのも確認。
・スリが時計を盗んでいる。
・鑑定士が持っているドーナツは『歌劇』とかによると本当のドーナツだという話だが、あんなに大きいのってちょっとあり得ない。齧りかけのドーナツはやはり日食、指輪の象徴なんだろう。弟子だから、まだ本当の指輪の世界には触れておらず、似たものを持っているだけなんだ。
・ジャングルでのアーミーは幽霊らしい。そう思って観ると、ぞ〜〜っとする。そしていつのまにか地獄鳥が入っていた鳥かごに入ってしまっているアーミーたち。
・風の葬列の場面では、鑑定士の弟子が持っていた風車を捨てて、最終的に宝石商が拾っている。風車がマリポーサの花に見えたりして。
・鑑定士の弟子は途中アーミーの格好になっているけど、深い意味があるのかな? 

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