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長い春の果てに / カノン(神奈川県民ホール 5/20 16:00) [観劇メモ]

初演を二桁も観てるので、どうしても冷静には観れなかったです。ん? 台詞変えた? と気付いたり、次はこうなってこうなる、と段取りを確認してしまったり、○○さんはここは違うふうにやってたなあ、と比較したり、と余計な頭を使ってしまった。

ので、箇条書きで。

・蘭とむのすとーんとした胴は、男役の極み。うっとり。(え、まずそこ?)(そこです)
・蘭とむはリカちゃんほどプレイボーイには見えないな。でも、真面目にボランティアしそうではあるな。
・蘭はなは背が高いせいもあってか、えみくらエヴァよりちょっとだけ大人びて見える。
・でもやっぱり、エヴァには感情移入できるのだ。
・エヴァの衣装は大体変わってたけど、ディナーのところとラストは一緒だった。
・壮さんのクロードは、挫折専科の実績がものを言いましたね。細身でやさぐれた感がいい。「栄光」の場面の微笑みも、ワタルの太陽のような微笑みではなく、インテリがやっと見せた笑顔って感じだった。
・でも、ヒゲはもっと無精髭にしてほしかった。
・さららんの「くろーどぜんぜえええええ」の絶叫が懐かしい。ああ、さららん。
・キキちゃんはかっこいいし、上手いのね。もう少し低い声だといいなあ。
・よっちと花蝶しほちゃんのいちゃいちゃがかわいかった。
・じゅりあママ最高。正直、ステファンママの役が一番注目の配役だったわけですが、正解でしたね。赤毛のショートカットがまたかっこいい。アドリブは「母さん、カラオケ行こうよ」「(前奏のリズムを身体で取る)まちのあかりがとてもきれいね横浜〜ブルーライトよこーはまー」(ここで既にかなり笑いを取っているうえに、なんと、さお太パパまでもが)「あなーたとー」(客席大爆笑)。ステファンは「夫婦だなあ…」でした。
・ナタリーとフローレンスは、初演で男役だったのが、今回娘役ということで。美人娘役がわんさかいる花組としては当然の配役なんだけど、ちょっとだけ生々しく感じた。ああ、やっぱり、男役がやる女役(娘役)って、ファンタジーだったんだなあ、と。それを娘役が、過去の恋を生々しく語ったり、「脅迫じゃなくて誘惑よ!」と迫ったり、というのが、なんとなく「おや?」と感じてしまったのだ。もちろん、一花ちゃんもきらりちゃんも、とってもかわいかったです。
・まあくんとだいもんは、配役逆だろー、と思ってたけど、それぞれ持ち味と違う役に挑戦した甲斐があったみたい。まあくんがちょっと大人に見えたもん。
・きりやんが幸ちゃんを抱き上げるのは大変そうだったけど、まあくんが一花ちゃんを抱き上げるのは軽々って感じだった。(そりゃそーだ)
・白姫あかりちゃんのお色気ナースは、ちょっとニューハーフ入ってた(笑)。
・蘭ちゃんお誕生日ということで、エヴァを囲む若いお医者さんたちが、ハッピーバースデーの歌を歌ってたみたい。
・「それはセクハラです」とか、「献体は素晴らしいボランティアだ」とか、ちょこちょこ台詞変えてたかな?
・そもそもこの作品って、再演するほどの作品かっていうと、そうでもない気が…。じゃあなんで自分は二桁も観たかいうと…、なんでだろう(笑)。好きなスターさんが出てると、観れちゃうんですかねえ。ワタリカ! リカくら! と楽しんでいたものです。。。。今回もみなさん、「たいした作品じゃないよなあ」と苦笑しつつも、まゆえり!(とか言うの??) 蘭蘭! と楽しんでいるのかな。
・ステファンがエヴァによって改心するというドラマが一応あるんだけど、暗転が多くてブツ切れだし、台詞が自然じゃないから、どうしても感情移入しにくいんだよなあ。

カノンは、全ツサイズになって安心して観ていられる気がした。「ボラーレ」からの銀橋渡りだったところで、まあくんポジによっちが入ってて、最後ウインクが超かっこよかった。

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ドン・カルロス / Shining Rhythm!(東京宝塚劇場 5/17 18:30) [観劇メモ]

史実、シラー、ヴェルディ、と改変されてきて、さらにキムシン改変。全然別物なのねー。

改変部分がそこはかとなく歌舞伎、古典芸能、和っぽく感じた。「認知してよ!」と脅してサインさせたのに、紙を破いたり。不倫か!? と見せて、じつはすごく貞淑だったり。本当のことを言えば助かるのに、義理の母を助けるために黙っていたり。お白州での裁きで、将軍様がいきなり恩赦を言い出したり(違う違う)。あゆっちの黒い眼帯も、原作と全然違う役になってるに、モチーフだけ残ってるってのが、いかにも歌舞伎とかでどんどんいろんな話が作られてキャラが混じっちゃってるのっぽい。

そういうふうに、ちょっとでもキムシンらしさが感じられるのは、キムシンらしくないよりは全然いい。

でもでも、キムシンの魅力であったカタルシスは全っ然得られないなあ。長谷川雅大の曲に、もはや嫌悪感すら感じる。そこが一番大きな原因かもしれん。甲斐正人とのコンビが良かった。。。

いや、原因は音楽だけじゃない。机叩いたり、牢獄のカルロス王子に呼びかけたりする場面が、ちょっと長い。そもそも、人間関係説明するのに45分かかってるし。で、肝心のチギの役にいまいち説得力がない。やっぱりそれってただの裏切り者なんとちゃう〜? 最後の最後も、あの紙って証拠になるのお??? ネーデルランドの話は単なる材料? もっと書き込んでほしかったー。

大体「家族の話」っていうけど、そうかなあ?? キムシンに「妻の浮気を疑ったが、逆に貞節を知った」とかそういう事件があっただけなんじゃなかろうか、と。政略結婚してる王族に「これは家族の話ですから(立ち入らないでください)」って言われてもねえ。家族と国民をいっしょくたにするのも、いかにも家父長制で気持ち悪い。

ラスト、「投獄したことにして、諸国漫遊せい(女官つき)」ってのは、よくまあ考えた大団円だなあ、と思うけど。全体的には、いろいろ材料があって全くまとまっていない、という感じでした。

にしても、キムミミはええのう。幼なじみってのが、似合うのう。そいでもって変わり者の王子と女官って、なんか似合うのう。まっつパパが素敵すぎる。マントの大げさな裁き方が、す、て、き。沙月愛奈はやっぱり美人だなあ。芝居の人じゃないけど、声がきれいなので王妃様らしかった。リサリサ!!! あああ、辞めないで…。あゆっちが二番手娘役がトップ待ち状態で、だんだん女役にシフトしていく…という例の段階で、そりゃあゆっち芝居下手じゃないからいいんだけど、やっぱりかわいい役のほうが似合うと思うなり。キタロウくんの「7歳で突然貴族になった」っての、あてがきだよね、絶対。コマ、がおり、キングがヒゲ!!(がおりはもっと白髪にしてほしかったなあ)王子のお友達グループに月城かなとくんが入ってた。

にわにわ! にわにわ!(初心者と、ライトなファンとで見に行った。「異端審問官は誰?」と興味を持った様子。パンフ見る→「「主な配役」に載ってないねー」パンフとじる。おっとー、そういう生徒さんを発見していくのが、楽しみなんじゃーん!! と言うと、私のヅカヲタぶりが露呈してしまうので、奏乃はるとさんですよ、とだけ言っておいた。)

ショー。
中村Bは安心だね〜。主題歌も楽しいね〜。

新しい外国の先生の振り付け場面が最高! 10回は見たい。スパニッシュと、インド?場面が良くわからなかった。でも退屈ではない。大階段のパダンパダンの編曲も素敵だった。インド場面?のデスメタル?は自分的には騒音だったけど、総じて中村Bとは選曲の好みが合う。

まさかのキタロウくんセンターセリ上がり! と思ったら次から次へと、センターに中堅どころがぞくぞく出てきて、銀橋にもコマがキラキラつけて渡ったり、がおり、彩風咲奈…と、なんという大盤振る舞い。これはいい! ショーで間をもたせられるかどうかが、スターの証だもん。どんどん、こういうのやってほしい。(そういう意味でも、カノンは本当につまらなかった)キングとあゆっちの昭和歌謡ショーもピッタリ! しかもキスシーンあり(ってこれ、どっかで観たことあると思ったら、ロシブル新公だ。)彩風咲奈が痩せててかっこよくなってた! 彩凪翔ちゃんが熱さ全開で、美貌はどこにいっちゃったのだろー。リサリサと華吹乃愛ちゃんに、もそっと見せ場ほしかった。にわにわと朝風さんの影ソロ、難曲だろうに、上手いなあ。

メモカはほか数人と銀橋渡ってたが…かつての抜擢はなんだったんだろう。(あ、でも新人公演がいい役なのか)せしると組ませてたのがまた意味不明。せしるのほうが華奢だろうが。

でも今、「わぁ、きれいだなあ」って下級生娘役て、どの組もあんまりいないよね。雪組だと、雛月乙葉、桃花ひなあたりがいわゆる美人さんだけども。(いや、THE美人でなくても、スタイル良かったり一芸に秀でてたり、と、総合点が高ければ気にしませんが、とりあえず顔だけについて言及してみました)
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ふみか茶 箇条書き(5/12)

黒いブラウスに黒いパンツ、の上に紫の着物〜〜、という不思議ないでたちに、騒然。。。

・景子先生のこだわりを実現する、景子先生が集めたプロの方々がいて、そのこだわり会議がすごかった。
・大阪の価値観に慣れるのが大変だった。とにかく金、金、金。「銭ない?あかんあかん」っていう。それに、男性はちょっとなよっとしてて、女性の尻にしかれるほうがいいんですよね? 『小さな花がひらいた』と全然違う。
・最初は傀儡師の役。持っている人形は、曽根崎心中と限ってはいないけど、日によって曾根崎心中をやってるときもある。
・うどん屋さんは、もともと麺類が好きなのですごく楽しい。はっちさんがおいしそうに食べてくれるから、どうしてもうどんが食べたくなってしまう。で、稽古中から冷蔵庫にうどん常備。薬味とかセットしておいてある。
・大和の豪商葛城屋さんは、さが一筋。みんなを屋形船に呼んであげてるけど、それはさがの手前、そうしてるだけ。葛城屋さんは、ほんっといい人。だって、一幕最後にさがが平様に「よよよ」ってなってるのを見てるのに、二幕でまた外に連れてってあげてるじゃないですか。葛城屋さんは、あの芝居で一番かわいそうな人だと思う。
・スメリコフは一人で金持ちだけど、葛城屋さんは代々の金持ち。土地もいっぱい持ってる。
・難しかったのは、寺坂さん(即答)。やりやすかったのは、うどん屋(即答)
・上司のために死ねるっていうのが、よくわからなかった。外人には全然わからないらしですね。恋のためっていうのならともかく。でもそれがわかってきたとき、自分は日本人なんだと思った。
・寺坂さんが青天じゃないのは、浪人だから、らしい、ですよ。
・寺坂さんはマッチョ。武士だから。胸板がすごいことになってる。抱かれたい男ナンバー1です。
・武士らしくなるよう、目のメイクを書き換えている。だから大休憩は<青天用のさっぱり顔に化粧換え。
・(りりかちゃんの物真似を披露。)「幾松はんは、いい人ですね」(似てるんだ、これが)おとめにも女役やりたいって書いたし、どうせ幾松は目が見えないんだから、千秋楽は私がきはをやります。お楽しみに。
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近松・恋の道行(バウホール 5/12 14:30) [観劇メモ]

がっつり恋愛物って、久々じゃないだろうか。「死んでもいいから、好きな人と一緒にいたい」という台詞に、ちょっと胸が熱くなりますわ。男のロマンとかもいいけど、やっぱり宝塚ではラブストーリーが見たいっす。だって、宝塚って、そして乙女にとって「一途」が何よりの美徳でしょ。

ただ、その胸が熱くなる瞬間が、ががーっとクライマックスに至らないのが残念。なんでかなあ。

いろんな人の恋愛や人生が絡み合ってるから、かなあ。いや、重層的でいいんだけど、どうしても主人公がぼやけちゃう。特に、清吉と小弁のドラマのほうが共感しやすい。それと、逢瀬や道行きや心中そのものにかける時間が短いよね? 友人に『心中・恋の大和路』は死ぬ場面が雪でドラマチックだったのにね、と言われて、なるほどと思った。それに、『心中・恋の大和路』(冥途の飛脚)や、曾根崎心中は主人公が養子だけど、生玉心中は実子だから、ちょっと「義理」部分が弱いよねえ。

あとね、「心中するほどの恋なんてあるのだろうか」とか、「金が一番の世の中、乾いている。だから潤いを求めているんだ」とか、説明せりふが多いのが興を削ぐ。そこを説明しないのが、芝居じゃないですか〜。

原作では、嘉平次はけっこう色っぽい役のはず。まじめ一辺倒ということにしたのは、宝塚らしくするためなのかな。さががもともとすごく貧しくて「一度でいいから幸せというものを知りたい」と観音様に願掛けしていたという設定もいい。そいでもって、長作を殺したのは大正解だよねえ。だって、長作にだまされてお金がない、というだけでは、現代人(しかも関東人)にはぴんとこないんだもん。。。長作自身もお金に困っていたというのも付け加えてある。

この作品のテーマは、「金の世の中、おもしろおかしく生きればいい」という鯉助(=我々)に対して、「必死になって本気で生きようよ」ということなんでしょう。だけども、本気で生きるとは、どういうことなのか。心中が、本気で生きることなのか。現代人は「しぶとく生き抜こう」と思いがち。そこを、強引に心中賛美に持っていったほうが、ブレないでカタルシスが得られるんだけど、お香さんが「死を選ぶのは子どものすることだ」と言うし、清吉と小弁のカップルは死なずに済んでしまう。それで、なんだかブレてしまってるんじゃないかなあ。清吉&小弁と、嘉平次&さがとの違いは、結局は金のある無しだよね。ということは、「必死になって生きても、金のあるなしで結末が違う。でも、必死になって生きたことにかわりはない。」ってことかなあ。テーマがもっとはっきりしているといいんだけどなあ。

みーたんが上手いし色っぽくてたまらん!! 春花きららちゃん、いい役だ、万歳!! きらら愛が深まる〜〜。で、みつるみたいなん、一人ほしい。ああいうの、ほしい。景子タンのアンドレは、ユウヒなきあと、みつるなのかも!?

以下、順不同。みりおんはうっとり顔もできるのね。地味顔だし、年がいってからより、今トップになるのは正解なのかも。柚カレー、美しいなあ。相手役の乙羽映見は、体がでかくて、それに比して顔が小さくて人形に見えるから、ということで選ばれたのかなあ。おまぬけ顔だね。べーちゃん芝居うまくなったあ。かわいいかわいい。でも日本物メイクはいまいち。なみおもメイクがいまいちだなあ。あきらも芝居がましになって良かった良かった。華雅りりか、やっぱり声と芝居がいい。顔はちょっとでかいけど。銀華水は痩せたなあ、えらい。タソの女形、なりきってて気持ちよかった。風房さんは、夢乃さんに似てるね。彩城レアちゃんは、それこそ老若男女できるのねえ。まりん&ふみかは、役不足だと思うなり。。。

そうそう、着物がどれもきれいだった! みわっちさんの黒いうねうね模様とか。それぞれの場面にあってた。
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話題作はもういいっちゅうねん [ヅカ的近況]

生田大和×三島由紀夫×明日海りお。ぬぉぉぉ、なんてワクワクする組合わせなんだ! しかも東京でもやるとな! こういうふうに「俺はこれをやりたいんだ〜」という熱意が感じられる演目発表であってほしい、いつも。

銀英伝とJINの発表があったときのガッックリ感が、少し払拭されました。

銀英伝とJINね…。もうね、話題作はいいっちゅうねん。(三島は有名だけど、話題作ってほどではない認識)

最近、映画の舞台化、テレビドラマの舞台化、漫画の舞台化が多すぎる。ちょっと前までは、再演と海外ミュージカルの連発で宛書きが減っていることを懸念していた(→宝塚イズム13号の拙稿「男役スターのロスジェネ問題─―演目選びを中心に」をご参照くだされ。)(『愛するには短すぎる』の再演も、好きな作品だけにガックリ)。

で、ここのところは加えて話題作ですよ。

話題作も、再演や海外ミュージカル同様、宛書きできないとか、役が少ないとか、スターシステムに配役が合わないとか、デメリットは同様。

だけど、それ以上に、「バカにされてる」気がするんですが!! 「新規ファンがほしい」→「既存のファンはいらねーよ」って。

話題作も、たまにやるならいい。知名度上がるし、配役考えるのも楽しい。結果的に『太王四神記』とか『カサブランカ』とか、佳作が生まれたりもした(どっちもイケコだがね)。

でもね、既存ファンはどーでもいいのかな? 新規ファンがちょこちょこ観に来てくれれば、それでいいの? そうやって劇団が既存ファンのほうを見ていないんだったら、既存ファンは、ますます席を埋めなくなっちゃうよ。そいでもって、また話題作を連発して、結局、悪循環に陥ってしまうんじゃないかなあ。

私が望んでいるのは、そこそこ破たんのない脚本に、宝塚らしい演出で、生徒さんがみんな輝いて見える作品なんです。別に、話題は、そうしょっちゅうは、いらないんです。

って、言うのは簡単だけど、オリジナルでいい作品を作るのが難しいんだよね…。オリジナル作品の質が下がっている今、どーしても既存コンテンツで手堅くいきたいのはわかる。そのうえ、チケットが売れない時代、話題作で一般人を取り込もうとするのは当然の発想。

だけど、話題作ってだけじゃ、席は埋まらないんですよ。ベルばら時代とは違う。あれだけの席数が埋まってたのは、ファンの熱意以外の何物でもない。(→過去の記事「100万人割れ危機…」)話題作で観に来た新規ファンを、熱意あるファンに育てる仕組みが、今ちゃんとあるのかな???

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だんだんわかってきた 音月桂退団発表に関連して [ヅカってなんだ?的記事]

キムの退団記者会見をスカステで見た。

台本を読まされているようだったよ…。

最近ヅカを知ってキムファンになったという友人が「きっと、退団後の作品が決まったとか、そういう急な、いいことがあるんですよね!」と言っていて、そうだといいなあ、と思っていたけど、あの顔を見たら、とてもそうは思えない。

ユミコを退団させてまで急いでトップにしたのに、なんでこんなに早く辞めさせるんだろ。

よーするに、劇団は誰か(小林家とか、上層部の人たち)の、私的な持ち物なんだな。ということが、最近やっと実感できてきた。

その「誰か」の中にもいろいろな勢力があって、「わしはこの子をトップにするんじゃ」「いいえ、私はこの子を推すわ!」「公平さんの遺言を守らねば!」「んなもんどうでもいいんじゃ」みたいな感じでぶつかりあって、変な落とし所になっちゃったりするんだろう。メモカの件とか、準トップとか。で、「なんかチケット売れないね」「若返りさせちゃえばいいんでね?」みたく、また、場当たり的に決まる。(全部推測ですよ、推測。でもあながち間違いではないと思う)

つまり、劇団全体の運営を考えた長期的な見通しなんか無い。ましてや、ファンの心情を汲んだりはしない。

そんなんじゃ、まるで、ジェンヌさんは使い捨ての商品みたいじゃないか…! ←いや、だから、まさにそうなんだよ…。

一人一人のエラい人は、その場その場では、自分が推している子を大事にしているんだろうけれども、全体の運営からしたら、結果として使い捨てになっちゃってる(ことがままある)。誰かを大事にしすぎて、ほかのジェンヌさんがもったいないことになり、持ち上げられてたジェンヌさんでさえ、何かが変わればさほど大事にされなくなったりする。

はぁぁ。ジェンヌさんたちは健気だのー。あんな重労働をさー、笑顔でこなしているんだよ、涙が出るよ。そりゃあ、ファンやパトロンからは「蝶よ花よ」と扱われて、日常の雑事をしないで済むような生活をして、一般常識に欠けている(人もいる)かもしれない。でも、劇団での扱いはあまりにも「使い捨て」じゃないですか。それなのに、「夢の世界」とか言ってるんだよ。よよよ。

もちろん、芸能人とはそういうものかもしれない。でも、そういう「芸能」のイメージを払拭して、「学校」として「生徒」が大事にされるイメージを打ち出したのが、小林一三の戦略だったはずじゃん。ここまで、「使い捨て」が見えてしまうと、戦略を放棄しちゃってるよね。

まあ、こうしてファンがジェンヌに同情することで、チケットを買ったりするのだがら、それも結果的には一つの戦略なのかもしれませんがねっっ。(ちなみに、タイガースファンも同様だそうです→過去の記事

以上、暗い話だけど、キムや雪組子たちは笑顔で頑張るしかないのだから、ファンはファンで、ちゃんと「よろしくないことはよろしくない」と言うほうがいいかな、と思って書きました。


>>この件に関連して面白かった記事
「二番手の重要性」
「ワタシ的宝塚「ことわざ、あなどれず。小林家」

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月組 2回目 [観劇メモ]

つらつらと箇条書きに。これでMy楽。芝居がいいから、もっと観たかった!

【エド8】

・花陽みらの押し出しがいいねー。トップ娘役はこっちで良かったんじゃ。

・千海華蘭ちゃんは、「警官」という通し役なのね!

・三谷幸喜の『総理と呼ばないで』をちょっと思い出す。辞めるということが一番の仕事だったという。

・結婚もできない、話すこともできない、だったら自分にできることはなんなんだ。→辞めることだ。この過程を、あっさりと流しつつ、ひょっとして、と思わせて、次にはもう退位している。この空白感、観ているほうが想像する、そして想像していた通りのことが展開する、すると想像していた部分がもっと膨らむ。ああああ、だから大野作品は、二回目からがいいんだよねええええ。そして、そこがオタクっぽいんだろうな。

・まさおが時空を行ったり来たりするのもたまらない。ああ、あと5回は観たい。

・あの退位後のラジオ放送は、辞めるという大仕事をしたことを世間にアピールするものだと思っていたけど、じつは、愛想づかしのふりをして去っていった彼女への、ただ彼女のためだけの「愛してる」アピールだったのかも。

・でもやっぱり、「部屋に寄らないか」のくだりがもったいない。銀橋の歌で盛り上がりつつ、でも迷いがあって、で、ごたごたが起きてそれから逃れるために部屋に行くことになった。もっと盛り上がったままでいたいなあ。ここで二人が恋愛関係になったよ! とわからせてほしい。

・幽霊のソルさんが、かっこいい…。素敵すぎる…。

・たっくんにとって、ソルさんは生まれながらの皇族で、ヒロさんは野心的な政治家なのね、いつも。

・きりみりは、言ってみれば、ロシブルのミズユミの関係なのに、全然そういう風情がないねー。でも、まさおとたかちくんの組合わせがなぜかあるという。たかちくんのあの妖しい雰囲気、何かでいかせないものかねえ。

・こしりゅうの部下やってるの誰よ。

・瑞羽奏都くんがけっこうしゃべってた! けっこういいじゃん! 萬様似だから、お色気も出してってね。

・みっしょんが、血気盛んな役ってのが、いいよね。

・光月るうがいい感じにオジサンになってきた。

・あーちゃん、そろそろお姉様枠がやばくなってきた。

・白雪さち花は、濃ゆくていいのう。

【Misty Station】

・今さらだけど齊藤吉正と音楽の趣味が合わない。ディスコミュージックっていうんですか? ガチャガチャとうるさい。。。

・きりまりの絡みが少ないのが残念。「あなたは右へ、私は左へ」なんてさみしすぎる。

・ヒロさんと一緒に歌ってるの、美穂圭子様かと思ったよ。輝城みつる?

・かわいい娘役がいると思っていたら、チャイナドレスのところで子役やってた。

・ジャングルで、すーさんとゆりあちゃんの首長コンビがセンターにいるのが、ツボ。

・きりやんは10年前、この舞台で、このリノリウムの上で、「ネ〜イサン〜」なんて言ってたんだ。そのときいた人で今いる人は…と考えると、腰リュウ(そう、彼はあの頃、こう呼ばれていた)と、あーちゃんと。ガチャさんと、もりえと。自分的には86期は全然認識できていなかったし、まさおはせいぜいWトリオに入るかどうかってところだった。みりおはまだ本科生なのかあ。感慨深いっす。

・っていうか、きりやんの後、学年開き過ぎだと思うんだけど…私が「学年がいってからトップになる」が好きな人間だからそう思うだけなんだろう…
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どうしても譲れないこと [ヅカってなんだ?的記事]

周囲にヅカファンが増えている。タカラヅカが一般的になってきたんだなあ、と感じる。

そういう人に、あらかじめ「私は濃い人が好きなんです」と言うことにした。

いろいろ突き詰めて考えたら、そうなった。

たとえば、ファンクラブに入ってディープな活動してます、とかは言わない。引いちゃう。観てる回数も、あまりに違いすぎると引かれる。または「それだけしか観ないの?」となる。「あの人、子どもも作らず、ヅカにばっかり入れ込んでて、痛い人よね。私はああはなりたくないわ。」と思われていたりとか。(ほぼ実話 笑)

脇役が好きだというのも、けっこう少数派らしい。おそらく、劇場にいる9割ぐらいの人は、脇役には興味がないらしい。だから、これも最初の頃は、言わないようにしている。

ほかにも、池田文庫や演劇博物館に通っています、っていうのも言わない。川崎賢子の講談社メチエは読んでるよね? なんて聞かない。

もちろん、裁判のことをどう思っているかなんて、聞かない。初心者の夢を壊してしまうし、今観ている人の大半は、残念ながら気にしていないだろうから。ましてや、地裁で記録読み込んでる人なんて、1%もいない少数派だから。とりあえず最初の頃は様子を見る。

できるだけ、いろんな人と話をしたいと思う。

でもどうしても、どうしても、どーーーっしても譲れないのは、「濃い」なんだ。

自分にとって、どっぷりはまったのは信仰心で、それを妨げたのは裁判で、だからそのあたりは重要。

でもそれ以前に、最初に宝塚の扉をあけさせたのが、濃い人だった(リカちゃんね^^;)。だから、そこは絶対に嘘をつけないところなのだ。

スカステのこだわりランキングの「キザな人」というお題。「男役はキザでなんぼなんだから、意味のないお題だ」と思いながら見ていたら、一位がリカちゃんのシニョール・ドンファンだったよ(笑)。
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近況いろいろ [ヅカ的近況]

また風邪ひいて寝てました…免疫力が落ちている…

<人事>

藤咲えりに続いて、白華れみも。。。いい感じに「女役!」になってくると、こうして辞めてしまうなんて、本当にもったいない。すずみんだって、別格として貴重だぞ。若けりゃいい、とかそういう風潮が私は嫌いだ!!

じつは、南風里名ちゃんの顔が好きだった。なぜもっと使われなかったんだろうか。美人さんなのに。

月組のロミジュリは観なくてもいっか、と思っていたけど、マギーのベンボーリオとみやるりのマキューシオなら観たいな。。。愛と死だけが、なんか合わない配役だと思うんだけど(たまきちはもっと健康的なイメージ)。しっかし、上級生が減ってしまったなあ、月組。

だいぶ時間経っちゃったけど、じんじんも辞めるんだよね。寿以外だったら許さん。とずっと思っている。

<復活/カノン いまさら思い出し>
銀橋3人渡りでの壮さんの「イタズラしちゃうぞ、へへん」て顔が好きだった。トップの器だと思うがなー。

黄色い月の場面で、きれいな踊り方の人がいるな、と思うと、いつもべーちゃんなのだった。

煌雅あさひさんて何者だったんだろう。なんであんなに美しい言葉を、書き言葉ではなく話し言葉で、紡ぎだすことができるんだろう。退団挨拶に度肝を抜かれたままです。

<春日野八千代の『復活』について>
1962年の歌劇を読んでみた。

なななななんと! よっちゃんはネフリュードフとカルチンキンの二役をやっていたのだ!!!

しかも、ネフリュードフはいつもの白い役で、型にはまってつまらない、悪役カルチンキンのほうがイキイキしてて楽しそうだった、とか言われてる。

そうなんだよ、春日野八千代は現人神みたいになってるけど、じつは相当お茶目な人だって、いつだったかのイベントで判明したじゃん。トドさんだって「理事様」とか呼ばれてるけど、じつは6つも下のコムちゃんに「イシちゃん」呼びされるぐらい、親しみやすい人なんじゃん。

「誰かを崇めたい」という欲望が、いろんなことを見えなくさせてるなー、と思う。
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ニジンスキー(銀河劇場 4/6 19:00) [観劇メモ(ヅカ以外)]

ニジンスキーの妹、ニジンスカ(ヤンさん)を語り手として、現代?死後の世界?から、ニジンスキーが狂った1919年の3月頃をふりかえる。しかも、その1919年3月頃のロモラ(あすか)がまた、過去をふりかえるので、いろんな時制が交錯して、詩のような作りになっている。だから芝居でもミュージカルでもなくて、やっぱりあえて名付けるなら「ダンスアクト」なんだろう。

そのダンスがまた面白くて、時制に混乱しながら、幻惑されていく。いろんな人がニジンスキーを語る。兄をサポートし、その才能に憧れ、また哀れんでいた、最後まで狂わなかった、凡人の妹ニジンスカ。ニジンスキーを愛する妻、という役に憧れ、それに固執した愚かな妻ロモラ。性欲と支配欲でニジンスキーを縛りつけながらも、その才能を開花させた立役者ディアギレフ(岡っち)。ニジンスキーは、彼等の欲望の中で生きる人形。

ニジンスキー(東山義久)は、とにかくおし黙っている。踊っているときはものすごくマッチョで雄弁なのに、しゃべるときはほんの一言二言ボソボソ…っという感じ。「あなたの望むままに踊ります」というようなことを言っている。

ニジンスキーとニジンスカと、6歳で狂ってしまった長兄とが、幼い頃、ペトルーシュカごっこをしていたというエピソードも象徴的。「君は本当に人形のふりが上手だね」と(狂ったはずの)兄がささやく。ニジンスキーっていう人は、貧困の中で、他人の望みどおり踊ることでしか生きていけなかった人なのか? 我が家にもこの手のメンヘラがいるのでわかるけど、「他人の要求を100%受け入れなければいけない」と思い込んでいる人間は、そうでありながら、自分というものがしっかりあって、だからその葛藤で苦しむ。他人の要求なんて無視したっていいのに、そうできない。かといって自分を捨てるわけにもいかない。…狂って当然だわな。

でも最後、あの世で語るニジンスキーは、初めてイキイキと言葉をしゃべっている。不思議。人形のふりをすることが、苦痛ではなかったのかなあ。あれを「人形」だと思ってしまう、こちら側の見方がそもそも、間違っていたのかなあ。そんなふうにも思う。

そこに至る場面の演出がすごくて、客席側に光があてられて目があけられない感じ。そこにスモークがたかれて、見えない中でニジンスキーが踊っているの。光とスモークの中で、かろうじて影が動いているのがわかる。うーん、こんなん初めて見た。

ほかにも、長兄が狂う場面の、長い長い袖でぐるぐる巻きにされるのとか(新上裕也のダンス公演で見たかも)、ニジンスキーとロモラの共通点や、ニジンスキーと長兄の共通点を示すところで上手いこと鏡が出て来るのとか、演出が面白かった。舞城のどかを観たのは退団後初かなあ、あの、ややマッチョで、でも佇まいは娘役ってのが、いいんだよね。チュチュで踊るだけなんだけど、いろんなところでいろんな役割を意味深に演じていた。(斎藤恒芳の音楽に、チュチュのミホ先生に、あすか、とくると『マラケシュ』を思い出す〜)

うーん、でもやっぱり、暗くなる内容だよなあ。体調悪かったせいもあってか、その後どんよりしてしまった。

赤い長椅子や、机は、去年の宝塚版を思わせたけど、オギーは意識したんだろうか。「あんな「小学生でもわかるニジンスキーの伝記」より、これを観ろ!」みたいに(笑)。ロモラがより愚かで、ディアギレフがより高慢で、と宝塚で必須の愛がここにはなく、宝塚で排除される醜さが描かれている。だから、、、、うーん、やっぱりニジンスキーを宝塚で取り上げたのが、かなりイレギュラーだった、そう断言できる。

ロシア革命で、ロシアが滅んでゆく…みたいな話も織り込まれていたのも印象的だった。『カラマーゾフの兄弟』『復活』『ロシアンブルー』いろんな作品を思い出すなあ。

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